第七十三話 もう期待なんてしたくない(3/8)
******視点:卯花優輝******
8月23日、朝方。今日からここ、サンジョーフィールドでエペタムズとの三連戦。
当然、ヴォーパルくんがチームを応援したりファンの人達と交流するわけだけど、今日からしばらく代役の人と交代。おれはしばらく別の用事。
「いっちにっ、さんし……」
屋内の練習場でまずはウォーミングアップ。
「お疲れ」
「あ、すみちゃん」
SPの人を伴って、すみちゃんが練習場に入ってきた。
「早くから熱心ね」
「来週からだからね。すみちゃんもどうしたの?こんな早くから……」
今日は金曜日。土日はデーゲームだけど、今日は普通にナイトゲーム。試合前から視察するにしても、まだほとんどの選手が来てない時間帯。
「突然で申し訳ないんだけど、頼みたいことがあってね」
「何?」
「とりあえずこれ着てみて」
「へ……?」
SPの人が大きめの紙袋をおれに差し出す。
「うぇっ!?」
中にはすみちゃんが普段から割とよく着てるような服一式と……すみちゃんの髪型と同じようなカツラ。
「……何これ?」
「昼から急用が入ってね。もしかしたら今日の試合の視察もできなくなるかもだから、その間私の替え玉をして欲しいのよ。前々から告知してた以上、すっぽかしたらまた現場の信頼を損いそうだし」
「だからってこれは……」
「いけるでしょ。貴方、顔も背丈も私と似たようなものだし。余計なこと喋ったりしなければ1日くらいどうにかなるはずよ。特別席での観戦になるから、観客との接触もないわ。たまにカメラに抜かれるだろうけど、そこさえ凌いでくれれば多分大丈夫よ」
「……急用って?」
「逢のことよ」
「!」
ひょっとして、この前の……
「二軍戦は今日からのカード全てデーゲーム。試合を見届けて、その後に話をするってなると今日しかないのよ」
「……話すだけなら明日か明後日の夜にでもできるんじゃないの?」
「その上でも、今のあの子を一度見届けてからにしたいのよ。あの子が私に対して何を思って避けてるのかはわからないけど、少なくとも現状の自分に納得がいってないのはわかる。たとえあの子が自分に自信を持てなくても、私はあの子が現状を打破できると信じてるってのを示したいのよ」
「…………」
「打算的な話だけどね。でもそのくらいしなきゃ、とりつく島もない状況だから……」
……まぁ、変な誤解を与えたのはおれもなんだし……
「いいよ。行ってきなよ」
「ありがとう。それじゃあ、いったん試着だけしてもらえるかしら?」
「うん」
いい歳した男が何やってんだって話だけど、このくらいはね。
・
・
・
・
・
・
「ぷっ……あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃwwwwwwうひっwwwwwwひぃっwwwwwww似合いすぎwwwwww貴方想像以上だわwwwwwwくひぃっwwwwwww」
「だ、大丈夫ですか?お嬢様……」
いつもの澄ました表情はどこへやら。フル装備したおれを指差して、のたうち回るように爆笑するすみちゃん。こういうすみちゃんを見たのはおれは初めてじゃないけど、それなりに付き合いの長いSPさんはひたすら困惑しつつ引いてる。
「……もしかしてこの企み、半分くらい『面白いもの見たさ』なんじゃ……?」
「よくわかったわね、その通りよ。今日の中継、録画予約もしたから、アリバイ作りのついでにまた楽しませてもらうわ」
「すみちゃん……」
本当に真面目で効率主義な子なのに、何でこう、たまに関西人らしく笑いを求めるんだか……
「ぷひっwwwwww……このクオリティなら文句なしだわ。11時くらいには出ようと思うから……ぷぷっwwwwwwwそれくらいになったらまた着替えてちょうだい。念の為ちょっとメイクもするから……ぷくくくっwwwwww」
「……ねぇすみちゃん」
「ん?」
「これ、すみちゃんがいつも着てるやつだよね……?」
「まぁクオリティを重視したいからね。念には念をよ」
やっぱり。袖を通した時からすみちゃんらしい花のような香り。同じ物を新しく買ってきたようには思えない。割と女の人に慣れてる方だと自負してるし、すみちゃんなら尚更だけど、流石にこれは……
「いや、おれ男なんだけど……」
「?知ってるわよ、そんなの。それが何よ?」
「……うん、もう良いや」
「???」
そしてこの鈍感さ。やっぱり吉備さんも言ってた通り、月出里さんに避けられてる理由に気づいてないんだね……
・
・
・
・
・
・




