第七十三話 もう期待なんてしたくない(2/8)
******視点:月出里逢******
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番ショート、月出里。背番号52」
8月21日。一昨日のオフと昨日の試合中止を挟んで、久々の二軍戦。今週はずっとホームゲーム。
「ナイバッチ!」
「良いぞー!」
「ちょうちょ!その調子や!」
「やっぱ前には飛ばせてるよなぁ……」
「二軍の帝王とかそんなんちゃうよな?」
相手はスティングレイ。つまりリコの球団。あたしとの対戦経験が少ないからか、向こうの守備に違和感はない。思い描いた通り、内寄りの甘い球を打ち返して三遊間を割った。
……でも、裏を返せば伊達さんとかが言ってた通り、リプの球団はあたしの打球の癖みたいなものを見抜いて、その対策を持ってるってこと。そしてそうである以上、この試合でいつも通りのバッティングで結果を出したところで、数字の見栄えが良くなるだけってこと。
それに……
「ショート……!?」
「セーフ!」
「ええ……(困惑)」
「ま、まぁ久々の二軍球場やからやろ(震え声)」
「フフフ……あの生意気女、もう終わりねぇ……」
3日前と同じように捕りこぼし。
いつかすみちゃんが言ってた通り、頭だけじゃなく身体も物事を覚えてる。ずっと内野をやってきて、ミスなんて今まで何度もしてきたけど、どうしても3日前のアレだけは忘れられない。あたしにとっての守備って、結局は打つ機会を作るための手段だったっていうのを改めて痛感する。
ほんと情けない……
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試合が終わって、居残り練習。守備はともかく、打つ方で結果を残せなかったというわけじゃない。むしろ逆。
「今日はナイバッチだったわねぇ」
「振旗コーチ……」
開幕を一軍で迎えられて、調子に乗って『もうコーチにも頼らない』って息巻いてたから、二軍落ちした後も声をかけづらかった。こんな時なんだから頼れば良いのに。あたしって、ほんとめんどくさい。
「今のあんたに足りないもの、見えてきたかしら?」
「……なんとなく、ですけど……」
「言ってみて」
「あたしのバッティングって型がすごくワンパターンで、そのせいで飛ぶ方向にも偏りがあって……それを他の球団の人達に見抜かれちゃった、ってことですよね?」
「概ね正解。その感じだと、一軍にいた時から薄々気づいてたのかしらね?」
「はい、伊達さんに指摘されて」
「その上で何か改善策は立てた?」
「伊達さんの提案で、あえて重めのバットとか軽めのバットとか使ってイメージしてない方向に飛ばせるようにしてみました。そのおかげでヒット1本だけ良い感じに打てたんですけど……」
「……身体がすぐにそのバットの重さに慣れていつも通りに戻った、ってとこかしら?」
「……!そうです……」
「やっぱりね」
ってことはつまり……
「コーチはこうなるって気づいてたんですか?」
「まぁね。思ったよりは早かったけど。あの『HIVE』ってやつの効果かしらね?」
「……何でこんなことに……」
「それもまたあんたの才能よ。良いところにできるけど、今は悪い方に転がってるってだけの話。菫子の言葉を借りれば、『祝福』が『呪縛』になってるって話」
やっぱり、"あたしの中のあたし"がそうさせてたんだね……
「まぁこうなることがわかってた以上、私も菫子もずっと前から改善するための準備をしてきたわ」
「え……?」
「今のあんたをどうにかする練習があるってこと。でもその練習で次のステップに進めるかどうかは正直あんたの根性次第。前までみたいにバッティングの基本とか正解がはっきりしてるものじゃなく、あんたしか持ってない感覚との勝負になるだろうからね。それに……」
「それに?」
「その練習は協力者が必要なんだけど、あいにくそいつは今週いっぱい予定が入っててね。引き継ぎとかもあるし。だからできるのは早くても来週からね」
「……誰なんですかそれ?」
「あんたもよく知ってる奴よ」
あたしも……?
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