表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
462/1151

第七十二話 栄光も浮気者(9/9)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


「放送席ー、そしてバニーズファンの皆様、お待たせしました!ヒーローインタビューです!本日のヒーローはプロ初登板初先発ながら5回1失点の好投でチームを4連勝に導いたルーキーの風刃(かざと)選手、そして7回にプロ第一号で勝ち越しの1点を挙げた秋崎(あきざき)選手です!」


「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」

「「「風刃くぅぅぅん!!!」」」

「「「おっぱ……佳子(よしこ)!佳子!」」」

「残当」

「勝ちが消えたけど、ある意味良かったのかもな」


 色々あってチームが低迷する中、ドラ4の高卒ルーキーと期待の若手野手の活躍で連勝して、最下位だけは(まぬがれ)られそうっていう良い雰囲気。それは観客席だけじゃなくベンチも大体似たようなもの。


「「「…………」」」


 あたしに対する腫れ物扱いを除けば。

 ベンチの人達ほとんどが風刃くんと佳子ちゃんの晴れ舞台を見守る中、あたしは独り、ベンチで俯いてる。


「風刃選手、プロ初登板、どんな気持ちで臨まれましたか?」

「いやぁ本当緊張しましたけど、自分のことだけじゃなくて連勝とかそんな余計なプレッシャーかけてくるから一周して開き直れましたよ」


「草」

「うーんこの畜生」

「やっぱエースには畜生みがないとな」


 正直、あれでもあたしに気を遣ってるんだと思う。風刃くんが降板した時点では1点リードで勝ち投手の権利もあった。

 なのに……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「ショート捕っt……ああっ、溢した!」

「セーフ!!!」


「おいィ!?何やっとんじゃ!!?」

「(打てない守れないじゃ)もう(良いとこ)ないじゃん……」

「ちょうちょでも追っかけてたのかな?(すっとぼけ)」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ゴロを捕って、右手に握り変えて投げる。何千回、何万回もやってきたことだったはずなのに、グローブからボールがこぼれ落ちた瞬間の感触がまだ左手に残ってる。

 もうあたしには守備(これ)しか残されてなかったのに、こうなるともうただの引き立て役。アレのせいで風刃くんの勝ちが消えて、佳子ちゃんの記念すべき一発により良い意味が生まれて。


月出里(すだち)

「わかってます」

「……お前はまだ若い。一時(いっとき)のタイトルにこだわることもない。向こう10年活躍できるようになりたいのなら、焦らずにな」

「はい……」


 あたしが独りなのを見計らって、燕昇司(えんしょうじ)コーチが近づいて通告。試合前の約束通り。今日結果が出せなければ、しばらく此花区に出戻り。3タコの戦犯未遂なら当然……


「秋崎選手、風刃選手。最後にバニーズファンへ一言お願いします!」

「はい!これからも全力プレーで頑張っていきますので、来週の試合もぜひ応援よろしくお願いします!」

「今年また投げさせてもらえるかは分かりませんけど、もし任されたら今日以上の結果を出すつもりなので、その時までおれのこと覚えておいてやってください!」

「秋崎選手、風刃選手、本日はありがとうございました!」


「「「風刃!風刃!風刃!風刃!」」」

「「「秋崎!秋崎!秋崎!秋崎!」」」


 沸き立つグラウンドを背に、引き立て役は黙々と帰り支度を進める。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「月出里さん……」


 ロッカールームへ向かってると、また卯花(うのはな)さんと鉢合わせ。本当に皮肉なもの。こんな時にまで。


「だいじょ「っせぇんだよ」

「……!?」

「あ……」

「「…………」」


 伸ばしてきた手を思わず払いのけてしまった。中学の頃のノリ全開で。


「す、すみません……!」

「月出里さん!?」


 沈黙がいたたまれなくて、去り際の一言が精一杯だった。

 わがままだってわかってるけど、どうせあたしじゃ手が届かないんだから、これ以上あたしに優しくしないでほしい。期待なんかさせないでほしい。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 いつもは試合が終わったらすぐにシャワーを浴びないと気持ち悪いんだけど、今日は少しでも早く帰りたくて、ロッカールームのじゃなく寮に帰るまでお預けにした。その後のヘアケアもスキンケアも今は億劫(おっくう)で、汗だけ最低限流して、寮の自室のベッドに直行。


『来週のサンジョーフィールドのエペタムズ戦、視察に行くんだけど、ついでに久々にどこか食べに行かない?』


 寝そべったまま、今日の試合前に来たすみちゃんからのメッセージをもう一度読み直す。これもあるから、今日はどうにか乗り切りたかった。前までほどには付き合えなくても、しこりだけはどうにかしたかったからね。

 もう色んな意味で、合わせる顔がない。すみちゃんにも、卯花さんにも。


「う゛……う……」


 試合中からずっと我慢してたけど、もう無理。

 皮肉な話。プロになる前はそうなれることすら諦めてたのに、いざなってみてそれなりに期待されたものだから、あたしもあたしを期待しすぎて、手の届くはずがなかったものの輪郭がはっきりとしてしまった。

 昔と同じ。『愛と勇気と希望の物語』を信じてたのに、どこもかしこも汚い奴だらけで、期待は期待外れとの落差を大きくするばかりだった。


「くそッ……くそッ……!」


 卯花さんだけじゃなく、栄光も浮気者。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ