第九話 あたし達が目指すべきは(6/9)
「ウチの方も準備できたで。いつでも来ぃや」
(コイツ……年上とはいえ、同じルーキーなのに随分とボクをコケにしてくれて……格の違いってものをわからせてやる!)
雨田くんは初球からギアほぼ全開のストレート。やけど、ちゃんとゾーンは通っとる。リリィは振らずに見送り。
「ストライクや!」
(ほら見ろ。この1週間での打撃練習、確かに甘めのスライダーを狙い打たれたりはしたけど、ストレートは空振ってばっかだったじゃないか)
……これじゃ、無理やな。
(大人しくボクの実力を認めるんだね!)
再び投じられる全力ストレート。だけど……
「な……!?」
リリィ自慢の、左打席からの鋭いスイング。セカンドに入ってた火織でも追いつけなかった高速の打球が、センター方向へと転がっていった。
「……!!?」
「うーん、今のはセンター前……やけど、スティングレイの千石さんならもしかしたら追いついてたかもしれんな」
良く言う。無理にそんなトンデモ級の名手を持ち出さんでも、火織でも追いつけんのやったら十分ヒットとしてカウントできるはずや。
「何ならもう1打席試してみっか?そん方がお互い後腐れないやろ?」
リリィの目論むところは、この坊やの鼻っ柱を確実にへし折ること。
まんまと誘いに乗って、同じく投じた全力ストレートは、今度は右中間を真っ二つに破る長打に化けた。さっきのがまぐれやないことを雄弁に物語るように。
「……これなら、流石に文句は出んやろ?」
敗者を嘲笑うようなつもりはなく、ただ真っ直ぐに真剣な表情で、リリィは問いかける。肯定するように、雨田くんは押し黙る。
「雨田。お前やったら、もう自分の弱点くらいわかっとるやろ?お前の投球は素直すぎや。ストレートは高めのストライクゾーンを通る。スライダーは低めのボールゾーンに外れる。チェンジアップはフォームで見分けが付く」
そういうこっちゃな。良くも悪くも球質には粗がなくて常に高品質やし、悪い意味でコースが荒れないし、しかもそのくせ細かい制球がないせいで、投球に幅がなさすぎるんや。せやからリリィくらいのレベルにもなれば、慣れさえすればあっさりと打ててまう。
「お前は少なくとも今んとこは長いイニングを投げるのに向いとらん。逆に短いイニングやったら、球のスピードとか球質の良さ、慣れの無さで上位打線でも十分誤魔化せるはずや」
せやから、オレも雨田くんは基本的にトリで考えとる。先発に右の篤斗、そして間にサウスポー2人を挟んで慣れをなくすことで、雨田くんの球威を最大限に生かすのが今んとこのあらすじ。
「じゃ、じゃあ……じゃあ何でアンタは打てたんだよ!?アンタ、今までの練習でボクのストレート、殆ど打ててなかったじゃないか!?」
「……ウチはスイッチヒッターやから、バットの使い分けには結構こだわりがあってな。今回は試合を想定した勝負ってことで、軽い試合用のバットを使わせてもろたんや」
「な……!?」
「明日の紅白戦、一応百々(どど)さんが登板する可能性はあるし、少なくともクローザーのゴードンは確実に出てくるはずやからな。その球威に対抗するために、この1週間はいつもの練習用よりさらに重いバットを振り続けてたんや。それでこの1週間で何度か対決もして球筋にも慣れたから、っちゅーわけや」
ようやく負けた理由も、その事実も受け容れられたんやろう。雨田くんの反論は治まり、黙ってリリィの方を見てた。
「雨田。ウチもプロ入り前にダベッターで雨田の投球を見とった。決して良いとは言えん環境でこれだけの投球を身に付けるために自分なりに工夫を重ねたのは、野手のウチでも理解できる。この1週間で不本意ながらも旋頭コーチにアドバイスもらったりして、明日に備えてたんも知っとる」
雨田くんの努力を認めながらも、リリィは険しい顔で雨田くんの顔をじっと睨みつけて続ける。
「せやけどな、敢えて言わせてもらうわ。工夫しているのが自分だけやと思うなや?火織達のおかげで多少守備がマシになって、打つ方では内野安打が精一杯なままで明日に臨めると思えるほど、ウチは自惚れた覚えはないで?」
尚更反論が思いつかないであろう雨田くんが目を逸らす。リリィも普段からこれくらい真面目にやってくれりゃ楽でええんやけどな……
「別に何もかも篤斗の方がええってわけやないで?篤斗にはあの球があるからってのもある」
「……まぁ、少なくとも紅組勢にとって未知の武器がある分、俺の方が長いイニングを担いやすいだろうな」
「謙遜しなくて良いよ、氷室くん。あの球は慣れを抜きにしても一軍相手に十分通用する。一軍で長くやってきた僕が保証するよ」
伊達さんのお墨付き。流石にここまでくりゃ普通は泣いて譲るとこやろうけど、この坊やのプライドは並大抵のもんやない。
「雨田。お前自身、先週の試合の分を取り戻したいって気持ちがあるのは同じ投手として痛いほどわかる。けどな、俺達はあくまで勝つ必要がある。確かにお前の目的が果たせりゃ、みんなも目的が果たせて万々歳だ。俺も上手くいけばあの球をまだ見せずに済む。俺自身もあの球に頼らず他のスキルを磨きたいって気持ちもあるしな。その上でも尚、お前は『出来る』って言ってくれるのか?」
篤斗も優しいこって。同じ投手として、出来るだけ雨田くんのプライドを守ってやりたいんやな。
「……『3点』。『3点』取られたら、こっちが点を取らない限り負けが確定。その条件で先発に求められるのは、少なくとも責任を負うことになる5回まではその『3点』を守り抜くこと。そしてそれが守れないような状態だと、ズルズルと大量失点しかねない。違いますか?」
「違いねぇな。……『5回投げきるまでに3失点したら、その時点で残りの投球回を譲って自分に投げさせろ』。そういうことだな?」
「そういうことです。『チーム全体の勝利』を第一に考えるのなら、妥当な戦略だと思いますよ?」
「……そうだな。俺はそれで良いぜ。ありがとな、雨田」
まぁ……雨田くんの性格を考えたら相当譲歩したな。一応言ってることは筋が通ってるし、点に関わらず篤斗に何かあったらそうせざるを得んやろうな。
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