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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
459/1154

第七十二話 栄光も浮気者(6/9)

******視点:伊達郁雄(だていくお)******


 7月31日。アルバトロスとのビジターゲーム2戦目。

 前のカードでヴァルチャーズ相手に勝ち越したり、チームの状態はむしろ上向き。最近上がってきた秋崎(あきざき)くんが攻守で頑張ってるし、戻ってきたリリィくんと徳田(とくだ)くんも調子を戻してきてる。再編した投手陣もそれなりにハマってるし、二軍でも今は先発候補の子達が軒並み順調と聞く。

 ……が、問題は今シーズン前半の功労者の彼女。


「うーん……」


 試合前の打撃練習。ベンチの近くで首を(かし)げながらトスバッティングをする月出里(すだち)くん。


「あ、伊達(だて)さん。お疲れ様です」

「お疲れ。どうしたんだい?」

「最近のバッティングのことで……」

「……やっぱりそれか」


 先週のエペタムズとヴァルチャーズ、そして昨日のアルバトロス。いずれもまるで月出里くんの打つ方向がわかっているかのような守備。そのせいで昨日の試合はスタメンながら9番、24打席連続無出塁も継続中。彼女本人はむしろ好調なくらいで全然空振りしないから、余計にその異様さが際立つ。

 エペタムズは元々データ分析が得意。ヴァルチャーズもまぁ単純に強いし親会社IT関係だし、そんなところなんだろうと思う。

 そしてアルバトロスは……ヴァルチャーズ対策の延長かな?今年のアルバトロスはとにかく打線が待ち球で、本拠地も今年からテラス席を設けた関係でホームラン数が去年までより明らかに増えてる。パワーピッチャーが多く、先んじてテラス席を設けたヴァルチャーズへのメタが明確なチーム戦略。だから順位こそシーズンに入ってずっと低迷気味ながら、現在首位のヴァルチャーズに対して勝率3分の2と大きく勝ち越してる。それだけ徹底的にマークしていれば、あの奇妙な守備から気づくこともあったのかもしれない。

 いずれにせよ、向こうとしては高座(こうざ)くんを盗塁王にすべく月出里くんの出塁を阻止したいところだろうからね。


「マークされてるってのは、相手に実力を認めてもらえてる証拠でもあるんだけどね」

「そりゃまぁそうですけど……いいかげんそろそろ打ちたいです」


 ごもっとも。


「先週から昨日までの試合で、相手の守備についてどう思ったかな?」

「……まるで最初からあたしがどこに打つのかわかってるような感じでした」

「だね」

「何でわかるのかはわかりませんけど……」

「……あくまで僕の推測だけど、いいかな?」


 そう言うと、月出里くんはどこか待ち望んでたかのように頷いた。


「月出里くんって、基本的にプレーが効率的だよね。ボール球には全然手を出さないし、盗塁もクイックが上手い投手相手だったりしたらそもそもほとんど仕掛けないし」

「効率がって言うか、単に貧乏性なだけですよ。もったいないことはしたくないんです」

「守備だけは積極的だよね」

「そこは高校の頃の監督の教えですから」

「今年に入って一軍で一緒にプレーするようになって打つところもずっと見てきたけど、打つ方でもそういうのがあるのかな?」

「え……?」

「統計を取ったわけじゃないからはっきりとは言えないけど、月出里くんって外の球を引っ張ったり、逆に内の球を流すことってあんまりないよね?」

「……そう言えばそうかもしれません。何となくコースに逆らわないで打った方が飛ばしやすい気がするからそうしてたかも……じゃあもしかして……」

「おそらくそういうことだと思う」

「……うーん……」

「?」

「あたしも守備のアテが外れるようにスイングのタイミングを変えたり色々やったんですけど、それをしちゃうと今度は全然打球が飛ばなくなっちゃうんですよね……」

「ふーむ……ところで、月出里くんってバットはどんなのを使ってるのかな?」

「これですか?メープルで33.5インチ、890gのやつです」

「割と普通だね。これ1本かい?」

「これより軽いのとか重いのも何本か。試合前の練習で手に馴染むのを選びますけど、最近は大体これです」

「なるほどね……それと月出里くんってメジャーのバッターに詳しかったよね?テスラー・オースティンって知ってるかな?」

「もちろんです。10年連続で3割30本100打点の人ですよね?」

「そうそう。彼はバッターとしてあらゆるスキルに長けた本物のスラッガーだけど、本人は自分が極端なプルヒッターであることをかなり気にしてるんだよ。だから特にボールの見極め時間が長くなるサウスポー相手の時にはわざとスイングを遅らせて逆方向にも打てるようにするために普段より少し重いバットを使ってるんだよ」

「……なるほど。意識してダメならバットを変えて……ありがとうございます。参考になりました」


 早速別のバットを試したいのか、一度ベンチに戻る月出里くん。


「おう伊達(だて)、お前もまだまだ若いな」

燕昇司(えんしょうじ)コーチ……いえ、そういうのでは……」

「わかってるよ。なかなか教え方が堂に入ってたぜ?」

「すみません。監督でもコーチでもないのに……」

「いいんだよ。(やなぎ)監督もきっとそういうのがお望みなんだろうさ。何せお前はチームの功労者だ。若手連中にも好かれてるし、引退になっても何かしらの役職は保証されるだろう。最近の月出里は目の前のことで一杯一杯だろうし、また手を貸してやんな」

「はい」


 大人の事情も込みで考えると、不祥事続きで順位も低調な現状、若くてタイトルにも絡んでる月出里くんの存在は大きい。実績を考えれば二軍落ちもあるくらい打つ方で結果が出せてないのに今日もスタメンというのは、三遊間が手薄というチーム事情だけでは決してない。コーチ達としては何としてでもこの壁を乗り越えてほしいんだろうね。


「〜♪」


 少し希望を見出せたからなのか、鼻歌混じりにバットを何本か抱えてゲージの前に戻ってきた月出里くん。ウチのバッティング練習、もうすぐ終わりなんだけどね……


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