第七十二話 栄光も浮気者(5/9)
******視点:三条菫子******
7月29日。チームにとっては大詰めの時期。最下位でも首位までのゲーム差がそこまでないけど、試合数も半分を切ってる以上、この時期にどれだけ勝てるかでシーズンの様相はほぼ決まるでしょうね。
だけどこの時期になって、逢の打棒が凍結。先週のエペタムズ戦でもヴァルチャーズ戦でもノーヒット四死球0、かろうじてエラー出塁1つのみ。21打席連続無出塁継続中。
おそらくだけど、エペタムズは気付いたみたいね。今の逢のバッティングにある致命的な欠陥に。そして『アレ』を介してヴァルチャーズも。
……このカードの連続は良くも悪くも逢にとって大きな転換期になりそうね。仮にエペタムズ戦だけだったら『単なる不運』で片付いてたと思うけど、同じような状況が2カード連続となると、他の球団も気づく可能性が高い。ペナントレースが団子状態で、最下位のウチ相手でも落とせない今の状況なら尚更、個人タイトルに絡んでる逢の対策を怠れないはずだからね。
でも、私個人としては好都合。私の見立てでは、あと2つか3つは大きな山場を乗り越えないと、逢の才能は『祝福』ではなく『呪縛』のまま。その内の1つが早めにきてくれたのはありがたい。
まぁチームがある程度勝ってくれないと予算面で困るっちゃ困るけど……
「うーん……」
どうも帳簿を見てみると、ここ最近逢のグッズの売り上げが良くなってるのよね。アンケートも軽くチェックしたけど『最近ファンサービスがちょっとマシになった』とか書かれてたし。
……なのに何で私にはずっと素っ気ないのかしらね?『私が一番最初のファンだ』とか何とか言ってたくせに。吉備が言うには誤解らしいけど、ほんと何にヘソを曲げたんだか……
大学はもうすぐ夏季休暇。視察なり何なりで、私から出向くこともできるようになるはず。交流戦明けからの不祥事ラッシュがまた来なければね。
まぁ壁を乗り越えるだけなら私が出張らずとも大叔母様に任せれば済む話だけど、わけのわからない誤解で疎遠のままじゃモヤモヤするわ。寂しいとかそんなんじゃなく……
「お待たせしました」
「あ、お疲れ様です」
入室してたオンラインミーティングに旋頭コーチも入ってきた。
「呼び出したのは私だけのようですが、本日はどのようなご用件で?」
「……お心当たりはございませんか?」
「何のことでしょう?」
お互いにカメラはオン。いつも通り冷静で表情を崩さない。その辺を評価してもいるんだけどね。
「先日の桜井鞠元選手の一件、内情がネット掲示板で漏れたことはご存知ですね?」
「ええ、報告は受けてます」
「その中に旋頭コーチのご自宅からの書き込みがありました」
「…………」
「件のスレッドの書き込みは、全体的に見ると無関係な女性選手への誹謗中傷も入り混じった刺激的なものばかりでしたから、逆に選手の擁護や中立的な意見が目立ってましたね」
「……気づいたきっかけは?」
「騒動に関するまとめの書き込み」
「……!」
「同じ内容の疑問を、騒動直後のミーティングで私にぶつけられてましたね?」
「…………」
「内部からのリーク、何故黙認されたのですか?」
表情は崩さないけど、目を閉じたまましばらく考え込む旋頭コーチ。
「私がかつて所属したバニーズと、吸収合併を経て生まれた今のバニーズは別物。それでも、柳監督が牽引してきたチームであることに変わりない。柳監督が一度去った後、低迷に低迷を重ねたバニーズに再建の機会を設けてくれた貴女には少なからず感謝しております」
「光栄ですわ」
「しかし、貴女は高齢の柳監督を現場に連れ戻した。その威光を借りるために。そして先日、その無理が祟った」
「……そうですね。その点に関しては私の責任です。報復、ということですか?」
「ごく個人的な、そういうものです。柳監督自身はそれを察していながらも、最後の最後に現場に戻れることを喜んでもいましたからね」
「…………」
「それで、どのような処分を下すつもりで?」
「……お互いに水に流す、ということでいかがでしょうか?混乱を避けるためにも」
「…………」
「今のバニーズは出資こそ私ども三条財閥によるものですが、柳監督が築き上げたもの。その土台をこれ以上揺るがすのはお互い避けたいことと存じます」
「……おっしゃる通りですね。寛大な措置に感謝いたします」
……人の感情って、本当に複雑なものよね。逢のことだってそう。世の中、理論や法則だけで動けば何もかも上手くいくんだろうけど……
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