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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
457/1157

第七十二話 栄光も浮気者(4/9)

「ショート、見上げて……」

「アウト!」

「捕りました!これでツーアウト!月出里(すだち)、これで14打席連続ノーヒット!」


「えぇ……(困惑)」

「何でこんな捕れる範囲にばっかり……」

「ちょっと運悪すぎやろ」


「……ッ!」


 できるだけバレないように、右脚で地団駄。そうでもなきゃやってられない。

 これじゃ結局、高校の頃と同じ。どれだけ前に飛ばしても全然ヒットにならない。しかも今はプロの一軍のピッチャー相手だから四球すらなかなか狙えない。前までは長打も考えてか釣り球も結構投げてくれたけど、今は対策に自信があるのか甘くなってもストライクをどんどん取りにくる。

 あたしだって何もしてないわけじゃない。対策の内容はよくわからないけど、どうもエペタムズと同じようなことをヴァルチャーズもやってるのはわかる。だからいつも通りのバッティングを控えて、スイングのタイミングを気持ち早くしたりとかはしてる。でもそういうことをやると、打ち方が狂うのか、高校の頃みたいに『ヒットにすらないないような弱い打球』ばかりになる。

 くそッ、くそッ……!




******視点:梅谷本慈(うめたにほんじ)[博多CODE(はかたコード)ヴァルチャーズ オーナー]******


 控えめの地団駄も一瞬見せた苦渋の表情も、我が会長室自慢の220インチモニターなら一目瞭然。そうそう。そういうのが見たいんですよ、私は。今日もチームが劣勢なのは頂けませんが、これだけでもわざわざリアルタイムで視聴したかいがあったというもの。


「ワン!ワン!」

「アボニムくん、ちょっと静かにしててくださいね」


 フフフフフ……まさか投資の成果がこんなにも早く出るとは思ってませんでしたよ。エペタムズも黒字転換の見通しがあるとはいえ、まだまだ資金繰りに苦労してるようですからね。早めに公表しておいて正解でした。


 月出里逢(すだちあい)、お父上のことは残念でしたね。貧しさを乗り越えてきた者同士、貴女(あなた)を純粋に応援したい気持ちもなくはないんですけどねぇ。

 貴女もここに至るまでに多くの努力を積み重ねてきたのでしょう。『努力できるのも才能の内』などとよく言いますし、私もその通りだと思います。ですがそれ以上に私は『努力の仕方を考えられるのも才能の内』だと思うのですよ。

 自分で言うのも何ですが、私は勉強ができましたからね。人並み以上に稼げる方法はいくらでもありました。それでも大人になって努力できる時間、経験を積める時間が有限である以上、どの分野ならこの国の誰よりも稼げるか、そりゃもう必死で考えました。将来性を見越した結果、通信やITに関わる分野、そしてその延長での実業家が主となりましたが、同じインフラ関係でトイレの開発なんかも選択肢にあったほどです。


 そして貴女はプロ野球選手を選んだ。学歴があまり問われない割に非常にリターンの大きい職業ですね。現代では社会的な信頼性も高いと言えるでしょう。

 しかし、相応にリスクも大きい。レギュラーの枠も再就職の選択肢も狭く、プライベートも常に周囲の視線が付きまとう。モラルが人一倍育ちにくい環境で育ってきたのに人一倍モラルを問われるなんて、難儀な話ですよねぇ。それに労働できる期間から考えても、生涯年収で換算すると人並み以上に稼げるのも一握り。そして何より、どこまで行っても『どこかに所属してその下で働く』という形態は変わりませんから、収入にもある程度上限がある。

 努力というものは結局、相応の結果を生み出して初めてその価値が生まれるのです。


 私はですね、生まれた時点で金回りとかでそれなりに恵まれた人間に勝つことには正直あまり興味がないんですよ。そんな連中は大抵目の前にニンジンをぶら下げればコロッと騙せてしまいますからね。結局そういう連中は、『それなり以上』が保てればそれで良いんです。それじゃあやりごたえがない。

 同じように『誰よりも』を目指し、這い上がってきた者同士で競い合って勝つことの方がよっぽど面白い。生まれてからそこに至るまでの時間の品質で勝ることで、過去の選択が正しかったことがより鮮明に証明されるのですから。歴史上の成功者って、誰しもがまさにそうですよね?存命の間にどれだけ周囲にバカをやってると(なじ)られたとしても、結果を出せば関係ありませんし、歴史が客観的に評価してくれるのですから。


 まぁ幸いにも貴女はとても美しい。もし野球がダメでも、私の元でなら人並み以上に豊かにして差し上げますからね。一匹の(オス)として、より優れた(メス)に直接的に勝者としての証を刻める。その瞬間が待ち遠しくて仕方ありませんよ。貴女が費やしてきた時間が私のものになるまでの過程でしかなかったと思い知った時、貴女のその美しい顔がどうなるのか……世の持たざる者達が欲しがる貴女を私だけが手にした時、どれだけ妬まれるのか……考えただけでも昂りますねぇ。


「フフフフフ……イテテテ……」


 アボニムくんをなだめて、どうにか手から牙を抜く。この駄犬め。


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