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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
453/1161

第七十一話 主役なんてない(9/9)

******視点:伊達郁雄(だていくお)******


 攻守交代でベンチに戻ってきた月出里(すだち)くん。やっぱり今日のバッティングに納得がいってないのか、グラブに持ち替えるのを渋るように何度も自分のスイングを確認し直すような仕草を見せている。気持ちはわかる。確かに、月出里くんのバッティングにいつもとの違いは感じられない。

 むしろおかしすぎるほどにおかしいのは向こうの守備。他の打者の時はいつも通りなのに、月出里くんの時だけ一歩目が早すぎる。しかもその一歩目がほとんど間違ってなくて、確実にヒットになっていたであろう当たりも飛びついたりすることなく危なげなく捌いてる。まるでそこに飛ぶのがわかってたかのような動き。

 ……エペタムズは元よりメジャーばりのデータ解析をいち早く取り入れたことで、決して豊富とは言えない資金の中でヴァルチャーズやビリオンズに競り勝ってきた球団。ひょっとしてこのおよそシーズン半分くらいで、月出里くんの攻略法を見つけてしまったのか……?


「ウフフフフ……」


 ベンチから出て、ピンチを乗り切ったナインを労う鈴鹿(すずか)監督。やはりその笑みが答えなのか……?


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「1番サード、月出里(すだち)。背番号52」

「8回の裏、5-2。ワンナウトランナーなし。打席には今日4打席目となる月出里。3試合連続マルチヒット中ですが、今日はノーヒット」

「当たりは良いんですけどねぇ。ことごとく向こうの好守備に阻まれてるんですよねぇ」


「気にすんなちょうちょ!」

「3点ビハインドや!散歩でええねん!」

「3割チャレンジは後回しでええ!」


(そりゃそうだけど……)


 シーズンも折り返しに入って、月出里くんはファンの信頼も勝ち取ったし、その得意不得意もある程度は認識されてる。

 だけど……


「ストライーク!」

「初球真ん中、見逃してストライク!」


 3点リードならストライクを積極的に取りにいくのは当然。きっと月出里くんだってわかってるけど、先の3打席で『あわよくば歩きたい』って気持ちが出てるのか及び腰。


「ボール!」

「ファール!」


 そしてこの点差なんだから、当然向こうの継投も勝ちパターン。そう易々と打たせてくれるわけじゃない。


(……!やべ!!)

(これなら!!!)


 よし、甘い……!


「ストレート打って……これは大きい!」


「「「おっしゃあああ!!!」」」

「これで2つ!」

「いや、ちょうちょなら3つや!!」




「センター飛びついた!」

「アウトオオオオオ!!!」

騒速(そはや)、ファインプレー!!!」


「「「キャアアアアア!!!」」」

明煌(あきら)様ー!!」


「「「……!?」」」


 右中間、完全に抜いたはずだった。ファインプレーなんてもんじゃない。確かに騒速くんの守備範囲は広いけど、どう考えてもそれだけじゃ説明がつかない。


「……ッ!!!」


 二塁を踏んだ辺りから減速し、三塁手前で立ち止まって一度天を仰ぎ、そして膝に手をつく月出里くん。そりゃそうだ。今のがヒットにすらならなかったんだからね。

 ……これはもしかしたら……




******視点:鈴鹿智子(すずかさとこ)[函館菊杯(はこだてきくはい)エペタムズ監督]******


「ウフフフフ……」


 スコアラーと解析班は本当に良い仕事をしてくれたわァ。正直ワタシも最初は半信半疑だったけどォ、まさかこんなにも綺麗にハマるとはねェ。

 月出里逢(すだちあい)貴女(あなた)の打者としての致命的な欠点。それは、『バッティングがあまりにも定型的すぎること』。


 打者は皆、それぞれが自分に合ったタイミングの取り方やフォームで打つ。そこに絶対的な正解はない。だから打者それぞれに何かしらの傾向がある。打球の方向が引っ張り方向に集中しがちとか、アウトコースに強いとか、変化球に強いとかね。

 それでも一応、バッティングの基本は『コースに逆らわずに打つこと』。基本はセンター返しで、内は引っ張り、外は流すというふうに。だけどこれは遵守が必須なわけではない。引っ張りが得意なら外でもかまわず引っ張れば良いんだし、インコースで詰まって逆方向に飛んだとしても結果的にヒットになれば大いに結構。その方が理論上効率が良いってだけの話で、基本よりも結果の方が優先なのは当然。そういうそれぞれのスタイルが、打者に『偏り』という個性を与えている。

 月出里逢もまた、特異ではあるけど例外ではない。『偏りがない』という偏りがあるのだからね。


 月出里逢の過去の打撃結果を分析してみると、引っ張り方向に若干多く打球が飛んでるけど、少ない母数を考えれば、その傾向はごくわずかなもの。むしろ他の打者と比べたら、どの方向にも満遍なく打ってて、各方向ごとの打率がほぼ均一なのを考えても偏りが極めて小さいと言える。

 これと月出里逢の単純なカタログスペックだけ見ると、『致命的に苦手なコースがなくて空振りしないし、そのパワーでどの方向にも強い打球が打てるから偏りがない』と考えるのが普通でしょうね。それは間違ってないけど満点の正解ではない。


 月出里逢はそれに加えて、バッティングの基本に忠実すぎる。まるでヒットの打ち方をあらかじめプログラミングしていたかのように、外の球なら極めて高い確率で流すし、内の球ならその逆。そして真ん中めの球はセンター方向……とりわけ速い球なら右中間、変化球なら左中間に飛ばす確率が非常に高い。普通の打者なら自分の得手不得手とか、読み違えた球種を咄嗟に打ち返したりで基本から外れることなんてザラにあるのに、月出里逢はそういうのが極端に少ない。根本的な部分での大きな偏りが、結果として偏りのなさを生んでる、ということね。それと俊足の割に内野安打がそれほど多くないということは、『三遊間のちょうど中間など、打球が高確率でヒットになる方向に高確率で飛ぶ』ということ。

 そしてそれはすなわち、『投手が想定通りのコースに投げられる確率』が『月出里逢が想定通りの方向に打ち返せる確率』とほぼイコールである、ということでもある。


 つまり、現時点で最適な月出里逢の攻略法は、『投手は球威より制球を重視し、バックは投球のコースに応じて一歩目を早めに切り、統計的に高確率で打球が来るところに早めに入る』、ということね。

 もちろん、どんなに制球の良い投手だとしてもコントロールミスをしないわけじゃない。だけどそれは打者だって同じ。打者の想定通りのコースに想定通りの球が来ても、それが失投だとしても、ミスショットなんて珍しくもない。あの三振の少なさと打球の最高速度の割に打率が元々それほど高くないのも、ミスショット率が高い証拠。ゴロやライナーもミスショットなら大した打球にはならないし、特にフライは0本塁打が示してるように捉えられても伸び切らないし、ミスショットもとりわけ多い。

 『ヒットになるコースに速いゴロかライナー』、『普通に捕れる範囲に弱い打球』、『少なくとも現時点では絶対にホームランにならないフライ』のどれかしかないと割り切れれば恐るるに足らず。


「いやぁ、■■さん。今日の月出里は本当に不運ですねぇ……」

「そうですね。当たりは本当に悪くないんですし、今日はそういう日だったと切り替えて欲しいですね。これから先、おそらく猪戸(ししど)白雪(しらゆき)と一緒に球界を盛り上げていくのであろう逸材なんですから、顔を上げて最終回に臨んでほしいですね」


 月出里逢。無名のドラ6から始まり、高卒2年目にしてその華やかな見た目とプレースタイル、そしてその高い潜在能力で帝国中のプロ野球ファンが将来を期待する有望株。ネットでも散々、"主役"だの何だのと騒がれてるわね。ワタシも貴女のことは"可能性の塊"と認識してるわ。去年の末の試合からね。

 だけど、幾重光忠(いくえみつただ)をプロ入りからずっと見守り続けて、幾重光忠を誰よりも愛するワタシから見れば、今の貴女が"主役"を気取るなんて、はっきり言って『おこがましい』と言う他ないわ。


 プロ野球選手には"主役"なんてない。"かませ犬"とかそういうのもない。あるのは"目の前の勝負に必死に立ち向かう敬愛すべき戦士"のみ。そして選手以外のスタッフ全員も、多少の序列の違いはあれど共にその勝負に挑む仲間。貴女(あなた)だけが特別なんじゃない。プロは皆それぞれ自分が手に持ってるもので必死に戦ってる。だから貴女は、世間では全く名が通っていないであろう裏方によってその弱点が暴かれた。

 今日の勝者が明日の敗者に、今日の敗者が明日の勝者になり続けるのだから、実力や実績で待遇の差が生じたとしても、選手は皆等しく誰かに愛されるべき存在。ワタシはあくまで受け持ってる全ての選手を愛するし、それ以外を含めて全ての選手に対する敬意(リスペクト)も忘れない。だからワタシは今でも光忠(みつただ)にあえて厳しく接してる。あの子が"100年に1人でも利かないほどの天才"であると認めつつもね。

 その選手がその時代の"主役"かどうかかなんてのが仮にあったとしても、それは後に歴史が証明すること。他者への敬意(リスペクト)を忘れ、己の現状に慢心するような選手は、それこそ"主役"と呼ばれるにふさわしい結果を残せなくなるんだからね。ワタシは光忠には技術的なことはほとんど何も教えなかったけど、そういうのだけは徹底的に仕込んだと自信を持って言える。光忠がその素晴らしい才能を自ら潰すようなことにだけは絶対になってほしくないから。この地球上でこの歴史上で最高の選手になってほしいと願ってるから。


 月出里逢。貴女は果たして、そんな光忠以上の選手になれるのかしら?

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