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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第七十一話 主役なんてない(6/9)

******視点:吉備公彦(きびきみひこ)******


 7月22日。三条(さんじょう)が退院して学業にも業務にも復帰した1日目。

 夕方を過ぎ、定時連絡の時間。


「『何でもできる』のと『全てを成し遂げられる』のは違う。結局、貴方の言う通りだったわね……ごめんなさい」

「ほっほっほ……水臭いでおじゃる」

「キャパオーバーして入院なんて、見事に同じ轍を踏んじゃったわ。キャロットはともかく、桜井鞠(さくらいまり)があんなハイリスクローリターンな真似をするとは思ってなかったわ……」

「それもまた経験。人はそれぞれの視点でそれぞれの価値観と思惑を以て行動するもの。科学的な効率非効率だけでは人は動きませぬ。最適解(ベストプラクティス)だけ読み漁って必要な経験値を稼げるほど世は生易しいものにあらず。失敗からでしか学べぬこともあるということでおじゃる」

「そうね……桜井鞠への報復に囚われすぎた。そのせいで貴方にも負担をかけてしまった。今後は気をつけるわ」


 ……やはりこの辺りも三条の強み、そして弱みでおじゃるな。


 三条は投手としても"効率の極致"のような存在であった。投球という複雑で繊細な作業を、誰を参考にするでもなく自らその方法を1から確立し、曖昧な相対性ではなく具体的な絶対性を伴う『優れた投球』を実現できた。

 だからどの球種であろうと想定通りのコースに想定通りの球速で投げ込むような芸当もできたし、『120km/hで2000回転する』、あるいは『130km/hで1500回転する』くらいのまっすぐで競い合う投手だらけの中で、『150km/hで2500回転する』まっすぐを自分で編み出して淡々と投げ続けるようなこともできた。実体の伴わない情報を最適に処理したり体系化することにかけては間違いなく"傑物"と呼べる人種であろう。歴史の積み重ねを伴う広範的な常識よりも、新旧を問わず科学的な法則にひたすら従うことでより最適な回答を導き出せるのこそが、三条の最大の強み。戦国武将で喩えるなら織田信長に近いように思う。


 だが、それ故に何事も自己完結してしまいがちで、人の心の機微(きび)に鈍いところがある。絶対的な数字で反論の余地を与えなければそれで大体のことが解決する、という考えが根底にあるのであろうな。思考パターンが極端にデジタルと言うか……

 しかしその割に自分の感情には手酷く振り回される。しかもあのように倒れたりするまでそのことを自覚できない。例えば普通の人間は、自他の感情は『1+4=5』のように即座にある程度正確に算出できても、投球は『1、2、3、4……』と不正解あるいは正解に近いパターンを学習することでようやく正解のパターンを導き出すものでおじゃるが、三条はその逆。

 とは言え、麻呂に三条のそういうところを責める資格などない。それを理解していながら保身に走って、結果として三条も、そして麻呂自身も不幸にしてしまったのだからな。

 故に、糧となる失敗ならいくらでも付き合おう。それが麻呂のとっての贖罪であり、麻呂にわずかばかりに残された元教育者としての矜持でおじゃる。


「というわけで、三河(みかわ)さんにIPの開示請求をお願いしといてほしいわ。例のリーカー以外もね」

「と言うと?」

「私が思うに、リーカーは複数人いるか、もしくは1人だとしても"傍観者"が他にいるわ」

「……その口ぶりだと、何となく目星がついてるでおじゃるな?」

「まぁ、ね……」


 こういう抜け目のなさも将器を感じさせるが……まぁこれも場数でおじゃるな。


「……ねぇ、1つ相談良いかしら?」

「ええ、構いませぬが」

「最近、月出里逢(すだちあい)が塩対応なのよ」

「いつものことでは?」

「そうだけど、私に対してもなのよ」

「……具体的にはどのような感じで?」

「いつも試合前にはメッセージ送ってくれたり、こっちからのメッセージも1行送っただけで何行にもして返すような子だったんだけど、最近は返事が来ても一言二言なのよね」

「いつからそんな感じなのでおじゃるか?」

「ここ3、4日。埼玉への移動日にお見舞いに来てくれたんだけど、その時から様子がおかしかったのよね」

「ふーむ……ここ数日、試合ではむしろ活躍しすぎてるくらいでおじゃるが……」

「そうなのよね。体調の問題じゃないと思うんだけど……」

「見舞いの時に何かあったのでは?」

「それはないと思うわ」

「その根拠は?」

「だって来たには来たけど、病室に入ることなくすぐに帰っちゃったんだから」

「……もう少しその時の状況を詳しく教えてたもれ」

「んー……確かあの時は先に優輝(ゆうき)が来てて、ちょうどリハビリも兼ねて外に出ようとしてたのよ。それでベッドから降りようとしたら立ちくらみがして転びそうになったんだけど、優輝がうまいこと私の身体を支えてくれてことなきを得たのよ。ちょうどそのタイミングで月出里逢が来て、そのまま帰っちゃったのよ」

「……そのことは卯花(うのはな)とも相談されましたかな?」

「したわよ。すぐに。でも優輝もその時から何だか妙によそよそしいし、優輝もメッセージ送っても梨の(つぶて)だって」


 そりゃアンタ……


「……察するに、どうもその一件でお互いに誤解が生じている様子。今すぐは難しいかも知れませぬが、SNS越しではなく直接腹を割って話し合った方が良いでしょうな。できれば卯花も交えて」

「それしかないかしらねぇ……」


 やはりこういうところで鈍いのう、この娘は……


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