第七十話 瓦解(6/9)
******視点:三条菫子******
コメツキバッタに徹したオンラインミーティングを終えて、下げ続けた身体をほぐすように反り返って椅子にもたれかかる。
……めんどくさい。球団経営は本当にめんどくさい。
私は別に家の傀儡という立場から逃れたくて経営をやってるわけじゃない。『野球への未練』っていうのも少し違う。私の目的を叶えるために月出里逢の成長が必要で、その環境を作るために球団を経営してるってだけ。あの子以外の選手やスタッフなんて、本当は私の中では球団という舞台装置の部品でしかない。その上で踊るのはあの子だけで良い。
なぜ内部にも情報共有してなかったかって?そんなの決まってるじゃない。私が直々にあのサイコ女を裁かなきゃ気が済まなかったから。その途中で外部にリークされて邪魔されるのが嫌だったから。
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『三条オーナーは『プロ野球選手としての月出里逢』の、最初で一番の"ファン"だからです』
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『よかった。逢が無事で、ほんまによかった……』
『心配してくれたの?』
『当たり前やんか。ほんまに怪我とかないんやんな?何もされてないんやんな?』
『ん、大丈夫。ありがとね、すぐに駆けつけてくれて』
『あのサイコ女、絶対潰したるから』
『うん、ありがとう』
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あの子が大事だからとかじゃない。そんなわけない。これはあくまで私のプライドの問題。私はそうできると思ったからそうしただけ。
……思い上がりだったけどね。
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******視点:月出里逢******
7月8日。月曜日だけど、今日から東北でウッドペッカーズとのカード。今週末にはオールスターがあるから、多分その分予定を詰めてるんだと思う。
ちなみにあたしは一応監督推薦で出る。面倒だけど、十握さんが最近腰痛を再発させちゃったからね。せっかく最下位争い中の不人気球団の強みが生きてファン投票で負けられたのに。
昔からオールスターはどうにも好きになれない。野球を勝負の手段として認識してるからかな?元々プロ野球自体客商売な部分があるけど、オールスターはいつも以上に興行的な方向に振り切っちゃうからね。
去年はフレッシュオールスターであたしだけ高卒ルーキーの中でハブられたけど、あれは実力が認められてないのがモロにわかったから悔しかっただけ。今は一軍でタイトル争いするくらいには活躍してるから、今更そんなめんどくさいこと込みの実力の証明なんて必要ない。シーズンとか、勝たなきゃいけない勝負だけやれればあたしは満足……ってのが本音。
でも今は……
「引っ張って……レフトの前!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
「月出里、これで今日2打数2安打!」
「気合が入ってますねぇ。ここ最近若干調子を落としてるように見えましたが、これなら週末も楽しみですね」
「ちょうちょー!ナイバッチー!!」
「好きやなぁお前も……」
「どうせちょうちょのことやから……」
肘当てとかを外しながら、声援のする方へ笑って手を振る。
「おおっ……!」
「何や何や、珍しいな」
「あのちょうちょが……」
「ぐうかわ」
「最近不祥事続きやけど、ちょうちょで若手ニーできるんなら別にええわ」
すみちゃんが『逢のため』とか言って桜井鞠にやり返したがってたのは知ってた。あんなふうに球団の人達にも内緒で動いてたのも、多分その一環。
だけどもう、そんなに背負いすぎなくて良い。下手なことして下げる必要のない頭を下げることなんかない。
すみちゃんが本当に目指してるものっていうのは何なのかわからないけど、それがあたしのためになってるのは間違いないんだから、これ以上あたしのために無理なんかしてほしくない。バニーズを世界で一番強い球団にしたいのならあたしが頑張るし、また危ない目に遭ったら自分でなんとかする。あたしはすみちゃんにとっての"最強の駒"であればそれで良い。
キャロットや桜井鞠のやらかしだって、元はと言えばあたしが発端。そのせいで球団の……すみちゃんの下がったイメージの分くらいはあたしも道化になってみせる。オールスターでもね。
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