第六十九話 その瞬間の正解(5/6)
「ストライーク!」
「初球ストレート!150km/h出ました!」
お互いに投手陣が燃えてるけど、今の向こうの投手はスピードはある。
「ボール!」
「ワンバウンド!小池すぐ拾って……ランナーは動きません!」
でも制球はあまりよろしくない。先頭の相沢さんもストレートのフォアボール。
「タイム!」
間が長いのを良いことに、一度打席を外して軽くスイング。うん、さっきまでより身体の通りが良い。
「プレイ!」
去年散々叩き込まれたように、バッティングは動作の……『加速』の連動。その『加速』に振り回されてバッティングが崩れるということは、どこかにつっかえがある証拠。
(落ち着け。今日のコイツはきちんとまっすぐを入れたらどうにかなる。しっかり腕を振っていけ)
(はい!)
さっきまでのあたしは、いつも以上に身体がつっかえるから早めに振り出そうとか、いつも以上の勢いは力で抑え付ければ良いみたいな小手先のことばかり考えてた。
でも考えてみたら、いつも以上に体重が乗るのはむしろ良いこと。その勢いを生かせる形に作り直せば良い。勢いよく流れる水が途中でしぶきとして損なわないような道筋を作れば良い。
勢いをヘッドに流し込んで、あとはその遠心力で上半身が持っていかれないように身体の軸を保つのに集中。そうすればでんでん太鼓のようにバットが振れる。インパクトまでは腕に必要以上の力を込める必要はない。ヘッドでボールを掴むような感覚で、緩めていた腕をインパクトの瞬間に緊張させて、ヘッドを走らせる。
そうすれば……
「「「「「!!!??」」」」」
ヘッド負けすることなく、スイングの勢いをボールに伝えられる……!
「痛烈!レフト下がって……そのままフェンスに直撃!」
「「「っしゃあああああ!!!」」」
「打球やっば……」
「相沢!ホームへ帰ってくる!」
「セーフ!」
「相模!突っ込めや!」
「セーフ!」
「相模もホームイン!9-8!!1点差ッ!!!」
やることは十分やった。でもここから……!
「ああっと!月出里も三塁へ向かう!!」
「ファッ!!?」
「速っ……」
レフトのホワイトがここ数年、守備が緩いのは織り込み済み……!
「セェェェフ!!!」
「三塁セーフ!間に合いました!月出里、2点タイムリースリーベース!四打席目でついに結果を出しました!」
「やっぱりちょうちょはウチの自慢のプロスペクトやな(テノヒラクルー」
「動けるデブ最高や!」
「正直今くらいの方がすき(小声)」
「君はひと昔前のスラッガーのイメージだな(賛辞)」
「"怪童"東雲かな?」
「……月出里」
「ん?」
スライディングしたあたしの脚からグローブを離して、猪戸くんが話しかけてきた。
「ぬしゃ強者たい」
「……どうも」
差し伸べられた手を握り返すと、そのまま引っ張り上げられて、サードベースの上に起き上がれた。
昔からこういう体質なのは知ってたから、可愛さとパフォーマンスを保つためにも食べる量には気を遣ってたけど、今日に関してはむしろ良かったかもね。いつもとは違う身体の重量感を制御したおかげで、今までとは違うスイングの感覚を経験できた。体重を自力で振り回すんじゃなく、体重が通る道筋を作る感覚。これは体型が戻っても生かせそう。
猪戸くんは確かにあたしと違って今でもホームランをガンガン打ててるけど、だからって今自分にできることだけでセコセコと対抗する気なんてない。『喧嘩は同じ土俵に立ってこそ』があたしの信条。今みたいなスイングをもっと突き詰めて、あくまでスラッガーとして勝つ。
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「アウト!」
「ライトフライ!しかし距離は十分!」
「セーフ!」
「ホームイン!十握の犠牲フライで同点!9-9!」
「おっしゃ!振り出しや!」
「やっぱ投手戦より馬鹿試合の方が現地観戦する分にはおもしれーわ」
「ナイスラン!逢ちゃん!」
「ありがとうございます!」
ネクストにいた千尋さんに始まって、ベンチの面々とタッチを交わす。
「月出里」
「交代はないですよね?」
「当然じゃ」
捻くれ者同士らしい言葉を交わしてから、ベンチに座って水分補給。
「無名のドラ6から始まり、高卒2年目でレギュラー争い、そして現状の盗塁王。奇跡と呼ぶには安っぽいのう」
「いけませんか?」
「上等じゃ。ヒーローというのは奇跡を安っぽくしてナンボじゃ」
「……!」
「これからもワシを楽しませてくれよ?」
「……はい!ありがとうございます!」
『奇跡を安っぽく』……か。
まぁさっきの1本のこともあるし、素直に感謝しとくよ、ジジ……監督。
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