第六十九話 その瞬間の正解(4/6)
「……!?これは、センター下がって……入りました!」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「天野、今日2本目!6-8、バニーズ、2点差に詰め寄りました!」
「6月に入ってから当たってますねぇ……他の選手と比べてリコの投手との対戦経験がある分でしょうか?」
神楽ちゃんのフォローに入ったカリウスが後続を絶った後、千尋さんがまたしても一発。入るか微妙なとこだったけど、帝稜球場だからね。
……何かあたしが打てない日って、千尋さんが妙に打ってる気がする。良くない時だと、どうしてもそんなことばかり考えてしまう。
「よう、月出里」
「監督……」
いつもは伊達さんと隣り合って色々話してるけど、今日は伊達さんがスタメンマスクだからか、いろんな人のところを行ったり来たりしてる。あたしのところにも今日2回目。
「なかなか上手くいかんようじゃのう」
「……はい。いつもの感覚で身体が動かせなくて……」
1回の時に言ってた通り、途中交代の話かな……?
「……ワシが求めてるのは『いつもの結果』じゃ。お前の言う『いつもの感覚』とは違う」
「え……?」
「今日のお前はなかなか愉快な姿をしておるが、ワシも現役の頃はよく遊び歩いておった。ルーティンがどうとか、そういう概念自体が世に定着してなかったような時代じゃったからのう。身体が良く動く日もあれば、二日酔いや女遊びが尾を引いてる日もあった。毎日毎日、ワシはその日その日のワシと戦っておったよ」
「…………」
「ところで月出里。お前はよく自分のことを『可愛い可愛い』言っておるのう?」
「良いじゃないですか。生まれつきの事実なんですから」
「まぁそうじゃな。じゃが、常に寸分狂わず全く同じ姿というわけではなかろう?」
「そりゃそうですけど……」
今のあたしがまさにそうなんだし。
「人間は常に代謝を繰り返しておる。遺伝子という設計図を持っていても、食べたものや体調、加齢などに応じてその設計には差異が生まれる。体つきに差異があれば、同じような感覚で身体を動かしても結果もまた差異が生まれるのは当然じゃろう?」
「……そうですね」
「お前は特に今年に入ってから上手くいきっぱなしじゃったからのう。それゆえに、心のどこかでその成功体験に固執しておるのかもしれんの」
「……!」
「そう言えば最近、ベンチで瞑想めいたことをあまりしておらんのう?」
「はい……」
「人の感覚は常にうつろうもの。『良い結果を出し続ける』ということは、『常に同じことをし続ける』ということではない。『その瞬間の正解を導き続ける』ということじゃ。もう少し根っこの部分から、自分を見つめ直してみるのもよかろう」
そう言って、監督はあたしの隣から離れていった。
……監督の言う通り。最近は水を飲んで意識を集中するのはずっとやってるけど、目を瞑ってってのはベンチではあんまりやってない。面倒だし、何となく目立って気恥ずかしいしね。しなくても結果を出せてきたからそれで良いやって思ってた。
「ふぅ……」
呼吸を整えて、さっそくやってみる。単に目を瞑るだけじゃない。今のあたし自身を頭の中に思い描く。
……可愛すぎる。いつも通りの可愛すぎるあたしを思い描いてしまってる。悔しいけど、今のあたしはそんなんじゃない。プライドを捨てて、できるだけ正確に今のあたしを頭の中に思い浮かべる。
「アウト!」
周りの声が聞こえなくなるくらい、もっと集中して。
今度はそのあたしが動く姿を思い描く。特に打席に立ってる時。今までの打席で視えたイメージや感覚を参考に、改めて"今日のあたし"を見つめ直す。いつもよりつっかえる身体とか、勢いのある体重移動とか、そういうのを踏まえて。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「逢、チェンジだぞ」
「あ、うん。ありがと」
もう上がりの神楽ちゃんに肩をゆすられて中断。守備に切り替えていかないといけないけど、"今のあたし"が少し視えてきた気がするから、打つ方のイメージもちょっとは役に立ちそう。
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「これでノーアウト一二塁!」
「ナイバッチ■■!」
「まだまだ逆転あるで!」
「なお次の打者」
「あっ……(察し)」
裏の攻撃でまたソロムランを打たれて3点差だけど、8番の相沢さんの四球と代打で出た■■さんのセンター前。それはつまり……
「1番サード、月出里。背番号52」
「よし、バントやな(確信)」
「まぁ今日のちょうちょやとなぁ……」
「というか代打で相模でも良いんじゃね?」
「バニーズ、選手の交代をお知らせします……」
「おっ、そうちゃうか?」
「ファーストランナー、■■に代わりまして、相模。9番代走、相模。背番号69」
「……って代走かいな!?」
「ってことはでぶでぶで勝負か……?」
「いやー(冗談)きついっす(素)」
散々な言われよう。まぁしょうがない。
「月出里」
「相模さん……?」
「言っとくけど、お前の守備固めに入れる自信はねーからな」
「……!」
「代走屋は走らなきゃ仕事にならねーんだ。目の前が塞がってるんだし、頼むぜ?」
「……はい!」
そう言って、一目散に一塁へ。前に言ってた『借り』ってやつがあるからなのかもしれないけど、それでも粋なことを言ってくれるね。
「6回の表、6-9。打順は四巡目。追い上げられるかバニーズ?打席には今日ノーヒットの月出里」
念の為、ベンチの方を見る。指示の間違いとかじゃない。その証拠に、監督があたしの視線に気づいてニヤリと笑ってる。
上等だよ。『その瞬間の正解』、導いてみせる……!




