第六十九話 その瞬間の正解(1/6)
******視点:三条菫子******
今日は急遽ミーティングが入ったから、球場観戦は明日。いつも通り自室にてタブレットで配信を流して観戦。
何かあの子、ちょっと見ない間にふくよかになったわね……私も運動量が減ったから食べる量をもうちょっと減らした方が良いんだろうけど、悩ましいところだわ。『太らない方』を自負してるけど、歳取ったら旋頭さんみたいになるかもしれないし。
「レフト追いかけて……ああっと落とした!打った相沢は一塁蹴って二塁へ!!」
「セーフ!」
「間に合いました!記録はレフト、ホワイトのエラーです!!ワンナウト二塁!!!」
この2回は7番の森本からで、8番の相沢が出塁。となると……
「ファール!ストライクスリー!バッターアウト!」
「ああっ、スリーバント失敗……」
「この辺は普段投手が打席に立たないリプの弱みかも知れないですねぇ……」
「1番サード、月出里。背番号52」
「これでツーアウト二塁。しかし打席には先ほどファインプレーの月出里」
「半分自作自演やけどな」
「ちょうちょー!そいつは妃房や!妃房やと思い込め!」
「あの見た目なんだからそろそろホームランが見たい……」
あの見た目でも元の筋力が強すぎるからか俊敏さは全く損なわれてない。でも当然、全部が元のままとはいかないわよね。
「!!?」
「ストライク!バッターアウト!」
「空振り!外スライダー届きませんでした!!」
人間の身体というのはなかなか自分がイメージしてる通りに動かせるものじゃない。目の前に急に現れた蚊を叩こうとした時に蚊に避けられる以前にまず的が外れてたり、満杯まで注いだコップを運ぶ時にバランスを取ってるつもりでもこぼしてしまったり、人間の動作というのはなかなか精密にできるものじゃない。
私は現役で投げてた時に投球練習でコースだけじゃなく球速もピッタリ合わせることをやってたけど、アレだって長い時間をかけて認識と実際の相違をすり合わせていったからできたこと。才能だけでできることじゃない。現実世界だけじゃなく、今の自分自身というものを正しく認識してなきゃ、結果から過程を逆算することなんてできない。
今のあの子もまた、いつもなら良い結果をもたらしてくれる『普段の感覚』が逆に足枷になってるんでしょうね。大きくなった身体を支えられるハードウェアであったとしても、ソフトウェアがアップデートできてない。だから速い球に振り遅れ気味になってるし、柔軟かつ強靭な身体を生かして難しい球にもバットを届かせるということができてない。
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「「「「「…………」」」」」」
「あー……十握はもう動きません。入りましたホームラン!ホワイトの満塁ホームランで3-8!止まりませんペンギンズ打線!!」
「知ってた(白目)」
「やっぱ帝稜は魔境やわ……」
「ここ最近テラス付ける球場増えたけど、ここはなぁ……」
3回の裏、あっという間に逆転。球場の狭さ以前に、この辺はペンギンズ打線の強みね。
確かに狭い球場は物理的にホームランの本数を増やしてる部分はあるけど、心理的な影響力も決して少なくないはず。そもそも野球をやってる以上、自分の気持ちに折り合いをつけて状況に応じたプレーに専念しなきゃならない場面なんてザラにある。1点欲しいけど球場が広いからとりあえず自分は塁に出るのを優先、みたいにね。狭い球場なら必然的にそういう妥協をする機会も少なくなる。それは成長機会の量にも直結する。
向こうのスターである鉄炮塚だって、いくら球場に依存したホームランが少ないとは言っても、それ相応の選手になるための環境条件として帝稜球場がプラスになった面は小さくないはず。見た目からしてもゴリゴリのスラッガーじゃないし、向こうの打撃コーチも鉄炮塚は中距離打者として育てるつもりだったって言ってたし。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、夏樹。ピッチャー、夏樹。背番号27」
「巫女ちゃんキター!」
「まぁ交代やろうなぁ……」
「先発がなかなか揃わんなぁ……」
「ん?ここで巫女ちゃんってことは……」
「5番サード、猪戸。背番号55」
奇しくも同世代対決。感覚云々の話だと、この子は本当に優秀な子だわ。月出里逢にも是非見習って欲しいくらいに。




