第六十八話 蝶と猪(6/7)
******視点:伊達郁雄******
「1回の裏、ペンギンズの攻撃。1番ファースト、■■。背番号■■」
初回からいきなり3点。しかもホームラン2本で。ウチらしからぬ大盤振る舞い。
だけど、この球場でペンギンズ相手だとねぇ……
「ショート……相沢!ファーストへ……」
「アウト!」
「まずはワンナウト!軽快に捌きました!」
「良いぞ良いぞー!しっかり守ってけー!」
「いきなり3点リードや!落ち着いてけー!」
「いやぁ、でもなぁ……」
「2番センター、西村。背番号23」
「きた!美雪おばさんきた!」
「しっかり出ろよー!」
「頼むぞ天才打者!」
ジェネラルズの神結くんのように、最近は2番にスターを据えることが珍しくなくなったけど、彼女もまたその1人。
西村美雪。JPB史上唯一のシーズン200本安打複数回達成者。通算打率もメジャー時代を合算しても3割を超える安打製造機。若い頃はホームランも毎年2桁打って盗塁も30を超えるのが当たり前だった。僕と同年代の選手だけど、日本球界に復帰した去年も余裕の3割超えでホームランも2桁。満身創痍の僕と違ってまだまだ一線級の実力者。
(おばちゃんおばちゃんやかましいわ!)
「打ち返してセンターの前……落ちました!」
「ナイバッチ!」
彼女はとにかく目とスイング軌道の連動が素晴らしい。コンディションなどに応じてバッティングフォームをフレキシブルに使い分けて、どんな球種もお手本通りのレベルスイングでキッチリ打ち返す。それでいて選球眼も良いから難しい球を無理に打ちにいくことも少なく、高打率の打者でありながら出塁率も高い。機動力が衰えた今でも1・2番タイプの打者としては理想的すぎる存在。
……が、今のペンギンズ打線の本命は彼女ではない。
「うーん、ほんま上手いなぁ西村さん……」
「(ダダッダダッダッ)てっぽーづか!!!」
「バニーズのヒョロガリどもに打ち合いで負けんじゃねーぞ!」
「かっ飛ばせーはーな!」
次に歓声を浴びながらバッターボックスに向かうのは、プロ野球選手としてはごく標準的な背丈、そしてやや細身の身体。その背中には背番号1。
プロ野球では背番号1と言えば大体の人が『野手のスター』を連想するだろうけど、ペンギンズの背番号1は本当に歴代でも球界を代表するレベルの選手が揃ってる。さっきの西村くんにしても、今は入団時の『23』を背負ってるけど、メジャーに行く前はペンギンズの背番号1の前任者だった。
そして、今背番号1を背負ってる彼女もまた、その西村くんと比べても全く見劣りしない実力者。
「3番セカンド、鉄炮塚。背番号1」
鉄炮塚花。現役どころか日本球界の歴代でも最高峰のセカンド。
「ボール!」
「ストライーク!」
不利なカウントだけど見送ってくれた……いや、多分そう来るとは思ってた。
鉄炮塚くんはもしかしたら月出里くんの完成型かもしれない。それくらいプレースタイルや選手としての特徴が似てる。まずこんな感じで、スイングの頻度が少ない。とにかく少ない。
「ボール!」
別に単に消極的なわけではない。選球眼が良いのも確か。そして細身のセカンドということでイメージ通り脚も速い……
「ッ……!!!」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「あー、レフトはもう動きません!入りましたホームラン!鉄炮塚、今シーズン第14号ツーランホームラン!3-2、あっという間に1点差に詰め寄りました!!」
「でっけぇ……」
「ウチだったら場外行ってたかもな……」
……が、彼女の本質はホームランアーチスト。
彼女はとにかく遠くに飛ばす能力に長けてる。ホームランの平均飛距離は約120m。球界でもトップクラスの数字。帝稜球場はその狭さ故に他の球場よりもホームランが出やすいことで有名だけど、彼女の場合は直接的にその狭さの恩恵を受けたホームランがほとんどない。
ただ、彼女は別にホームランに特化してるわけではない。イメージ通りの脚の速さで盗塁も稼ぐし、そのスイングの頻度の少なさの割に良いスイングの再現性が高いからか打率も高い。
その極めて高い総合力で、彼女は日本球界歴代で唯一、三度のトリプルスリーを達成した。トリプルスリーなんてキャリアで1回でもやれれば超一流扱いだってのにね……
走攻守の総合力で見れば、神結くんや友枝くんにも並ぶ、現役最高峰の野手。
(流石は花さんたい……まさに強者)
(あたしもあんな感じで飛ばしたい……)
月出里くんと猪戸くん、両チームの期待の若手も、ベンチに戻る彼女を意味ありげに見つめてる。どっちも良いものを持ってるけど、果たして鉄炮塚くんほどの選手になれるかな?




