第六十八話 蝶と猪(2/7)
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「いらっしゃいませ……あら、士道ちゃん!」
「うっす」
たまたま目的地が同じステーキ屋さん。猪戸くんはここの常連さんみたい。女将さんっぽい人に歓迎されてる。外観も中もオシャレな感じだけど、よく見るとペンギンズのグッズとか選手のサインらしきものがいろんなとこに飾られてある。
「さぁさぁ、お連れ様方もどうぞ中へ!」
「おやおや猪戸さん、本日はずいぶん可愛いお嬢さん達をお連れですね」
厨房の方からはコックさんらしき人が顔を覗かせる。
「コイツらは夏樹神楽と月出里逢。バニーズの選手ばい」
茶化されてもあっけらかんとした態度のまま応える。神楽ちゃんだけじゃなく、あたしのこともちゃんと名前まで知ってるんだね。
それはそれで好都合。元々フレッシュオールスターでメガネ坊やから打った時から意識してたけど、同い年で誕生日も近くて、同じサードで将来の主砲候補。というか世代で一番の期待株。あたしとしては意地でも負けたくない相手。
お店が特別狭いわけじゃないけど、コックさんが目の前で焼いてすぐに出せるようにするためか、あたしの隣には神楽ちゃんだけじゃなく、もう片方には猪戸くんが案内されて座ってる。
「ご注文は?」
「うーん、あっしはどうすっかなぁ……」
「サーロインステーキの1ポンド、ミディアムレアで」
「あらあら士道ちゃん、今日もガッツリ食べるのねぇ」
「花さんもチーズバーガーばばさろ喰って強者になったばい」
ポンド……?1ポンドってどれくらいなんだろ?いつも行ってるところはキロだからわかんない……まぁ良いか。他の人が食べられるんなら多分いけるいける。
「あ、あたしも同じので」
「おなごに喰い切れるんか?」
「……あ?」
背が高ければ座高も高い。視線だけをこっちに向けて見下ろす猪戸くん。何コイツ?なめてんの?
「お、おい……逢……」
「そぎゃんこまい身体に収まっとか?」
「そっちこそ、贅肉で胃が圧迫されてない?」
「こら大体筋肉たい。デッドリフトで200上げられるばい」
「そのくらいあたしならベンチでも上げられるけど?」
「……言うてくるる。ならせっかく同じ注文たい。会計は喰うた量が少ない方が多い方のも持つ。やるか?」
「上等だよ」
「あ、すみません。あっしはレディースステーキセット、ブルーで」
神楽ちゃんはもうあたしの扱いに慣れたと言わんばかりに、止めるのを諦めて別の注文。それで良いよ。
歌舞伎野郎が。図体だけであたしに勝てると思うなよ?
「え、えっと……前菜とスープお持ちしました……」
「ありがとうございます。あたしは美容のためにお野菜も残さないよ。猪戸くんはご自由にどうぞ」
「おいも当然喰う。もったいなか」
「うっま!このスープめっちゃ野菜の味がきいてる!キャベツにもじゃがいもにもしっかりスープが染みてて、こりゃよく煮込んでるな。バターの風味も優しくて……」
美味しいのは同感だけど、そんな食レポをしてる心の余裕はない。お互いに時々相手を睨みつけながら、淡々と皿の上のものを片付けていく。
「……月出里。ぬしゃ高校ん頃までどこで野球ばしとった?」
「埼玉の北の方」
「全国とか嚆矢園とか出たか?」
「全然」
「どおりでな。きかんかったわけたい」
「有名人じゃなくて悪かったね」
「……そぎゃんつもりはなか」
「お待たせしました。サーロインステーキ1ポンド、ミディアムレアでございます」
うっわ。めっちゃ美味そう。
「マスター、良か焼き加減たい」
「ありがとうございます」
「お待たせしました。レディースステーキセット、ブルーでございます」
「おおっ……これヒレ肉っすよね?これは?」
「フォアグラでございます。濃厚な味わいはさっぱりとしたヒレ肉と相性抜群でございますよ」
「へぇ、これが三大珍味のアレか……」
何これ超美味い。めっちゃ舌に溶ける。これもはや飲み物じゃん。脂身が多いはずなのにさっぱりしてて全然嫌な感じがしない。無駄のないシンプルな味付けだからか、むしろお肉の味の良いとこしか感じられない。
プロになって本当に良かった。ステーキを食べるたびにそう思う。中学から高校までの間に全然食べれてなかったからね。
「すみません、追加でリブロースも下さい」
「な……!?」
「も、もう食べたんですか……?」
「食べたと言うかゴクゴク飲めました。めっちゃ美味しいですね」
「むぅ……」
歌舞伎野郎も一口が大きくて結構なペースだったけど、早食いでもないのにペースを上げて完食。
「おいもリブロースを」
「あ、はい。かしこまりました……」
上等だよ。
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「うっぷ……」
流石にあの大きさ5枚はキツかったかな……?前菜とスープも1回1回付いてきたし……
「ぐ……」
でも歌舞伎野郎もどうにか5枚目を完食。
「……逢、猪戸」
「「……?」」
「食べ物で競うのはまだしも、遊ぶのは論外だからな?もう十分堪能しただろ?これ以上注文して残すか戻すで粗末にするくらいなら、この辺で痛み分けにしとけ」
「「…………」」
歌舞伎野郎の顔色はどう見ても限界だけど、神楽ちゃんから見て多分あたしも同じように映ってるんだろうね。悔しいけど正解。
「……夏樹の言うとおりばい」
「そうだね……」
財布には痛いけど、最低限の意地は張れた。
「月出里」
「何?」
「明日と明後日の試合じゃおいが勝つたい」
「……!」
「ぬしには負けられんばい」
「それはこっちのセリフだよ」
何だ、歌舞伎野郎もあたしと同じ気持ちだったんだね。だからあんなに突っかかって……
ちょっと嬉しい……かな?
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