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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
422/1155

第六十八話 蝶と猪(1/7)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


「高いバウンド!ファースト前進、競走になりますが……」

「セーフ!」

「セーフ!一塁セーフ!月出里(すだち)、3打席目で今日初ヒット!」


 6月5日。いつも通り自室でタブレットを立てかけてバニーズ戦の配信を流しながら、PCで作業。

 月出里逢(すだちあい)は流石に昨日ほど大暴れはしてないけど、ここで最低限の役割は果たした。私も次のペンギンズ戦の現地観戦までに色々やることを済ませておかないとね。


「もしもし」

「オーナー殿、お疲れ様でおじゃる」

「ん、お疲れ」


 着信を取ると、相手は吉備(きび)。平日は大学がメインだから、いつも業務連絡はこのくらいの時間帯。


「今日は何かあった?」

「今日も平常通りでおじゃる。春先と比べれば最近は平和そのものでおじゃるな」

「そうね……」


 冬島(ふゆしま)がいきなり大怪我。相沢(あいざわ)が重病。今も去年の主力だったオクスプリングと徳田(とくだ)とカリウス、それに花城(はなしろ)なんかも二軍で調整中。その影響で、チームは最下位こそ逃れてはいるもののBクラス。

 これらは現場だけの責任とは言えない。財前(ざいぜん)と"サイコ女"……桜井(さくらい)のやらかしで編成が大きく狂ったのが根本にある。おかげで謝罪行脚に駆り出されたり、今もあの"サイコ女"を社会的に潰す算段を立ててる最中。突き詰めていけば、ポテンシャルばかりを見てそんな問題児を雇い続けてた私にも責任は当然ある。


「悪いわね。色々押し付けちゃって」


 そして私がその尻拭いをきちんとやるとしても、結局はその肩代わりする人間にも当然負担がいく。


「それは構いませぬが……少し、独り言をよろしいですかな?」

「どうぞ」

「あまり背負いすぎるなよ」

「……何の話?」

「月出里逢に危害を加えんとした桜井を許せぬ気持ちは理解できるが……三条(さんじょう)、お前は何かと背負いすぎる」

「…………」

「お前は何でもできる。それは麻呂もよく理解しておる。されど、『何でもできる』のと『全てを成し遂げられる』のは違う。取捨選択をゆめゆめ見誤るなよ?」

「……わかってるわよ」


 言われなくても同じ轍は踏まないわよ。二度とね。


 ・

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 ・

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******視点:月出里逢(すだちあい)******


 6月7日金曜日。帝都新宿。

 今日は交流戦、ペンギンズとのカード1戦目……になるはずだったんだけど、あいにく試合前の段階で雨天中止が決定。さっき火織(かおり)さんから『新宿は豪雨』ってメッセージが届いてたけど、実際はそこまででもない。単に向こうの球場の水はけの問題もあるみたい。昨日までシャークスとの三連戦で、せっかく朝一番ですっ飛んできたのに。

 天気予報が正しければ明日と明後日は多分問題なく試合ができるはず。せっかくすみちゃんが来てくれるんだから、1戦くらいはちゃんとやりたい。


(あい)、今日メシどうする?」

「うーん、近くで良いとこないかなぁ?」


 仕方なく今日どう過ごすか、ホテルで神楽(かぐら)ちゃんと相談中。地図アプリで周りの美味しいとこを探してみるけど、あいにく新宿は土地勘がない。一応関東の人間だけど、ずっと北埼玉にこもってたあたしにとっては、帝都どころか天王寺だって十分大都会。おじいちゃんとおばあちゃんのいる千葉の方がむしろまだわかる。


「あ、この辺ステーキ屋さんが多いね」

「好きだなぁほんと……」

「気持ち的には毎日食べたいくらいなんだけどね。牛が草食べてるんだから、ステーキ食べたら野菜も食べてるってことにならないかな?」

「(なら)ないです……まぁ良いか。せっかくあんまり来ないとこなんだしな」


 どのお店が一番良いのかわからないけど、写真とかレビューを一緒に見て何となくで選んでから出発。ポツポツと雨が降る中、新宿の街を歩く。


「うーん、この時期はやだなぁ……」

「何かいつもより髪にボリュームがあるな。普段から毛先に癖があるけど、今日は触角の部分も巻いてて余計にちょうちょっぽい」

「湿気てるからね……」


 お母さん譲りの癖毛。普段は手間をかけずにパーマかけれてラッキーくらいの感覚だけど、この時期はどんなにくしをかけてもすぐに膨らんで癖も強くなる。

 明日はちゃんとカラッと晴れてほしい。せっかくの交流戦なのにペンギンズの人達の間で"クッソ可愛い女の子"じゃなく"癖毛女"として印象に残っちゃうのは不本意……


「うぉっ!?」

「どうしたの……はわっ!!?」


 神楽ちゃんの視線の先にあるのは、あたしの癖毛なんてまるで気にならないくらい、ミノムシみたいにボリュームがあって長い赤髪。後ろ姿だけど、背が高くて、そのボリュームにすら負けないくらいガッシリとした体格の男の人だってのはわかる。


「……あ。もしかしてお前、猪戸(ししど)か?」

「むっ……」


 神楽ちゃんが名前を呼ぶと、大きな男の人がこっちに振り向く。めちゃくちゃイカつい顔……というか、歌舞伎みたいな化粧をしてる。ある意味誰もが振り向くタイプの人。

 猪戸士道(ししどしどう)。あたしと同じ高卒2年目でまだギリギリ10代。だけど今シーズンもう15本塁打を放ち、今ではクリーンナップを任されてる、ペンギンズの……球界の将来のスター候補筆頭。

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