第六十七話 片鱗(6/6)
******視点:月出里逢******
野球のプレーの価値がどれくらいなんてのは人それぞれいろんな考え方がある。『意味のあるアウト』『意味のないアウト』とかそんなのだって、具体的な境目があるわけでもない。
でもホームランとかタイムリーとか、直接点を動かすようなプレーなら大体の場合は価値のあるプレーだと認めてくれる。相性とかそういうのが絡んだ結果だから特別誇るつもりはないけど、それでも今日あたしが一番活躍したのは多分誰しもが認めてくれてる。それは試合中に十分実感できたし、それで十分満足できた。
だから本当に自分が勝利のために貢献できたって自信を持てるのなら、ヒーローインタビューとかあんなのでわざわざ自分のやったこととかその効果を口で説明とか、そんな女々しい真似をする必要なんてない。若王子さんみたいに『打てて良かったです』の一言で十分。それ以上何かを語らなきゃならないのなら、そのプレーにはその程度の価値しかないってだけの話。
それに、あたしはタレントじゃない。クッソ可愛いけどアイドルでもない。テレビの仕事なんて試合以外でする気はない。
そんな面倒なお立ち台を終えてベンチに戻ると、監督と伊達さんがまだ残ってた。
「ん……まぁワシの勝ちじゃな」
「ええっ!?」
「じゃがまぁ……一杯おごってやる」
伊達さんがいつも試合中に持ち込んでるノートを監督がひとしきり読んで返す。そう言えば試合中何か2人して色々盛り上がってたけど、何だったんだろ?
「あ、お疲れ様です!」
「あ、どうも……」
いつも通り、ホームゲームが終わった後の帰りは寮まで卯花さんが付き添い。
「すみません。いつも遅くなって」
「大丈夫ですよ。おれも仕事の後はシャワー浴びたり(ヴォーパルくん)乾かしたりでそれなりに時間かかってるんであんまり待ってないです」
いまだに何の仕事をしてるのかわからないけど、結構体力を使うって話の割に、この時期に汗臭い感じはしない。無理して気を遣ってるんじゃなく本当に卯花さんも試合の後にシャワーを浴びてるっぽい。
お互いに球場を出る前に、スッパ抜かれて面倒なことにならないように、夜なのにグラサンとかマスクとかで顔を隠す。
「今日も大活躍でしたね」
「何でかわからないですけど、妃房さんは打ちやすいんです」
「そう言えばすみちゃ……オーナーも前に言ってましたよ。『妃房蜜溜が良い投手だから、月出里さんは打てるんだ』って」
「……そうですか」
「月出里さん?」
「…………」
卯花さんはあたしと同じように、すみちゃんのことをすみちゃんって呼ぶ。それくらいに親しい。そしてあたしはすみちゃんからこれ以上何かを横取りなんてしたくないから、もしもの時は割り切る。
そのつもりなのに、やっぱりモヤモヤする。あたしの預かり知らぬところですみちゃんと卯花さんがどんなふうに接してるかなんて、あたしには関係のない話のはずなのに。ほんとめんどくさい、あたしって。
『割り切ってあげるから、他の女の子の名前なんか出さずにそのまま褒めてほしい。卯花さんの言葉で褒めてほしい』。そんなこと言えるわけがない。ほんとめんどくさい、あたしって。
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******視点:三条菫子******
自室のPCデスク。意味もなくマウスをクルクル動かしながらビデオ通話。相手はついさっきまでの"テレビの中のヒーロー"。
「"もう1人の貴女"……?それでどういうわけか最後にツーベースが打てた、と……」
「うん……変かな?」
「いえ、そうは思わないわ。感覚なんて人それぞれなんだから、それで結果が出せるなら大いに結構。最近本当によく頑張ってるわね」
「えへへ……」
あんな無愛想極まりないヒーローインタビューをしてた子と同一人物とは思えないくらい、見た目通りの可愛らしい照れ笑い。最近の活躍なら特に売り込まなくてもグッズは十分売れると思うけど、やっぱりもうちょっとこういう一面を私以外にも見せてほしい……というのが、経営者としての意見。
でも最近、私個人としては、こういう一面を知ってるのが私だけってのにちょっとした優越感を覚えたりもする。この子の言うとおり、私ってきっと……
「あ、ところでさ」
「ん?」
「すみちゃんって、その……カレシとかいたりするのかな……って……」
「は?」
何言うとんねんコイツ。
「いや、いないけど……」
「じゃ、じゃあ許嫁……とか……?すみちゃん、お嬢様だし……」
「……まぁ、それなら一応……」
「や、やっぱりいるんだね……そういう人……」
どういうわけか残念そう。もしかしてそういう……
「……前にも言ったかもだけど、私って歳の離れた兄2人の末っ子だからね。そのおかげで野球とか結構自由にやらせてもらえた部分もあるにはあるんだけど、やっぱりこういう立場だと今の時代でも政略がどうとかって話もないわけじゃないのよ」
「じゃあいつかはその人と……」
「と言っても、別に確約じゃないわ。今の私はこうやって財閥全体の商売の中でバニーズを任されてる立場。だから今のところは"ただのお嬢様"じゃなく"いち経営者"として扱ってもらえてるってこと」
「じゃあこのままバニーズの経営がうまくいったら……」
「そうね。"家のための駒"にされるようなことはないでしょうね」
「そっか……そうなんだ」
どういうわけか嬉しそう。やっぱりそういう……
「すみちゃん。あたし、これからも頑張るからね。盗塁王もちょっと頑張って狙ってみる」
「う、うん……まぁ程々にね」
あの子は確かにえらい可愛いし、そういう癖に偏見もないけど、私は至ってノーマルだし……
でも改めて思い返してみると、私って結構思わせぶりなことしてるわね。覚えてる範囲でも2回くらいあの子に抱きついた記憶があるし。別にそんな意図は全くなくて不意にやってることだけど、今度からはちょっと気をつけなきゃね……
「あ、ところで次のカードなんだけど……」
「金曜日からのペンギンズ戦?」
「うん、東京でやるでしょ?私も時間が空いたら観に行くわ」
「ほんと……!?」
「金曜はちょっと微妙だけど、土日のどっちかなら多分何とかなるわ」
「そっか……」
「今は猪戸が絶賛活躍中だけど、九十九の時みたいにならないようにね?」
「うん、わかってる」
「なら良し」
「明日明後日の残りのシャークス戦も活躍するからね」
「ん、期待してるわよ」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
通話を切って、背もたれに身体を預けて一息。
「許嫁……」
そう言えば私、アイツとそういう関係だったわね。小さい頃から付き合いもあるし、別に嫌なわけじゃないんだけどね。
でも今はこっちが優先。あの子を……月出里逢を花開かせて、そして私も……




