第六十七話 片鱗(2/6)
******視点:妃房蜜溜******
「9回裏、1-1。同点に追いついてなおワンナウト二塁……ここで綾瀬ピッチングコーチがマウンドへ向かいます!」
「ここどうしますかね?一応左が続きますけど、もう球数110球超えてますし……」
「ブルペンでは恵比寿が準備しております」
「監督としては恵比寿へのスイッチを考えとるみたいやけど……」
だろうね。完封も勝ちも消えた以上、元メジャーリーガーのミラー監督なら球数を重視するはず。
「……投げます。18連敗した時に『言うこと聞く』って言ってた分、ここで使うって監督に伝えてください」
「ええ性格しとるなぁ……意地か?」
「まぁそんなとこです」
冬島さんのバントが決まって一塁が空いた場合、月出里逢を歩かせる線があったから、その時にどのみち使うつもりだったカード。早いか遅いかだけの違いだね。
「しかし大丈夫か?まだ投げられるのか?」
「大丈夫ですよ与儀さん」
「プレイ!」
まぁ疲れが出てきてるのは事実。
「ふぅー……っ……」
溜め込んだ息を吐きながら、改めて集中。
「おっ、続投か」
「まぁちょうちょ以外ロクに打ててへんからなぁ……」
「流石にこのイニングまでやろうから、最悪延長で逆転やな」
「ナイスガッツなんだクイーン!」
「この回凌いで勝ち越してやるんだ!」
「2番センター、赤猫。背番号53」
3番のあのスボンを上げすぎてる人とまた勝負したい気持ちはあるけど……
「ここで二塁牽制!」
「セーフ!」
(……なるほど、そうきたか)
今日はこっち優先。
月出里逢。さっきのバッティング、本当に良かったよ。正直、あのカーブは投げた瞬間に勝ちを確信したくらいだったのに。まだまだキミには伸び代がある。これから先もっともっと良い打者になれる。改めてそう確信した。
だからキミには、そんなことに縋り付いてほしくない。
「セーフ!」
「もう1球牽制!」
もちろん、アタシのわがままなのはわかってる。口でどうこう言って聞いてもらえることじゃないのも。だから行動と結果でそうさせる。
刺すつもりでいるほどランナーを意識した投球……いつ以来かな?
「ボール!」
「ストレート159km/h!高め外れています!」
(さっきまでよりクイックが早くなってるわね……目に見えて)
(まぁ状況を考えたピッチングをしてくれる分にはキャッチャーとしてはありがたい。二塁ランナーが生還したらその時点で負けなのも事実。だが……)
別にランナーばかりを意識してるわけじゃない。二塁と三塁じゃ、ピッチングの幅だって変わってくる。アタシみたいにオーバースローで縦変化がメインの投手なら尚更……そう言い聞かせるしかない。
「今度は振り返って投げるフリだけ!」
(……赤猫。ストレートに絞っていけ。もし変化球だった場合は……)
クイックも早めた。釘も刺した。そろそろ変化球で……!?
「二塁ランナースタート!」
(まずい……!)
「ストライーク!」
「三塁は……」
「セェェェェェフ!!!」
「セーフ!セーフ!またしてもセーフ!月出里、今日3つ目の盗塁!!」
ッ……!!!
「よっしゃあああ!」
「よう決めた!」
「まぁ付け焼き刃やったな」
「これでノーヒットでもサヨナラあるで!」
「カウントも悪ない!閑たそ、決めたれ!」
(『付け焼き刃』……まさにその通り。クイックの動作だけ早くしたり、牽制の数を増やしたところで、呼吸と拍子、意識が向かう先の見えやすさは変わってない)
……やられた。
「ボール!」
「ボール!」
「ボール!フォアボール!」
「ああっ!ストライク入りません!歩かせてしまいました!!」
(ここまで……DANA)
「ここでミラー監督が出てきて……ピッチャー交代です!」
「シャークス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、妃房に代わりまして、恵比寿。ピッチャー、恵比寿。背番号19」
******視点:伊達郁雄******
「ようやく身を結びましたね」
「うむ」
監督も満足げに頷く。7回と、そしてこの回の妃房くんの綻び。
今日の妃房くんは珍しく立ち上がりから球が走ってた。そのペースでここまで球威を維持できたのは大したものだけど、やはりいつもの調整を挟まなかった分、ランナーが出てからのピッチングに支障をきたした。月出里くん以外ノーヒットではあるけど7回には良い当たりもあったし、あのクイックだって調整を挟めばもう少しストライクをちゃんと取れてただろう。
ただ、この状況を作ったのは月出里くんだけじゃない。確かに貢献度で一番なのは間違いないけど……
「『無抵抗という名の抵抗』……とでも言うべきですかね?初回からの打線全体での待ち球も……」
「妃房は一度火を焚べたら強火で燃え続けるしかない竈じゃからの。どう転んでもそれなりの球威で投げ続けてくれる。相手の早打ちや待ち球に合わせて投球を変えるようなクレバーな真似はせん。というか、シャークス自体もそうじゃな。良くも悪くもチームの方向性や選手の個性がわかりやすい」
「早打ち強打も、このロースコアでは十分脅威ではありますけどね。速球派投手に対する相性の良さも立派な個性。だけど、三波くんや夏樹くんのように老獪なピッチングができる投手なら対処できますね」
「野球には様々な二択や二律がある。早打ちと待ち球、教科書通りの守備シフトと極端な守備シフト、本格派投手と変則投手など。どんな事柄も結果の時点では一択になってしまうが、それでも他の選択肢は無駄にはならん。他の選択肢が存在するだけでその対策を強いることができるのじゃからの」
「速球と変化球、高めと低め、内と外。バッテリーにとっちゃなくてはならないものですね」
「じゃが、そもそも他の選択肢を生み出せるかどうかは選手の実力次第。有効な待ち球ができなければ早打ちと待ち球どちらかを選べず、脚が遅ければスモールベースボールとビッグベースボールの使い分けができん。圧倒的な力量があるのなら一択に絞ってそれに特化することも立派な戦略じゃが、プロ野球なんてのは6割勝てば優勝できる時もあるし、4割勝っても最下位になってしまう時があるような環境。一択で勝ち続けられるほどの力量差を生み出すのは至難の業」
「結局のところ、野球ってのは実力がある程度拮抗してくると時の運というか、○×クイズみたいなものですからね」
「そうじゃの。それで言えばシャークスは現状、○×クイズで○にひたすら張り続けてるような球団。だからここ数年、決して弱くはないものの、勝率5割程度で収まっとる……ま、少し前までのウチは○×クイズに参加する資格もないほどに力量そのものが足りんかったんじゃがの」
お互いに21世紀に入ってから優勝できていない球団同士。まだまだ足りない部分は大いにある……ってことなんだろうね。




