第六十六話 キミだけはそうであってほしくなかった(4/5)
「ツーアウトランナーなしで打席には1番の数橋!今シーズンも3割近いアベレージで、今日第一打席でセンター前にヒットを放っています!」
「ここぞと言う時には一発もありますからね。左が3人続くと言っても油断はできませんよ」
そんなことは百も承知。難しい球も平気で弾き返してくるからな。
「ボール!」
「ファール!」
「2球続けて外スラーブ!」
(無難にカーブ系で外攻めか……)
この人は確かに一発もあるが基本引っ張らなきゃそこまでは飛ばせない。逢と相沢さんが揃ってるから逆方向への内野安打の心配も少ないしな。
「ファール!」
「今度はストレート!」
もう1球外にストレート、と見せかけて……
(むっ……)
「ボール!」
「フォーク!見送りました!」
「ナイセンナイセン!」
見送られたか……せっかく温存してたのにな。
なら、とっておきをもう一つ!
(近い……!)
よし!見逃し「弾き返した!セカンド頭上!!」
え……?
「ライトの前に落ちましたヒット!」
「キャアアアアア!艶王子ィィィ!!」
「さす姫」
フロントドアのスラーブ、あんな窮屈なのを軽く捌きやがった……
「最後の最後まで肘や脇周りには遊びを残して柔軟に……ってオヤジもよく言ってたよなぁ」
(しゃーない。今のは事故みたいなもんや。こういうこともある)
そうっすね。次の唐須さんも左だし……
「シャークス、選手の交代をお知らせします。バッター、唐須に代わりまして、戸狩。2番代打、戸狩。背番号1」
「戸狩キター!」
「まぁ今日は唐須ガチャ、ハズレだからな」
「戸狩ー!レギュラー奪い返したれやー!!」
戸狩九郎さん。不調と唐須さんの好調が重なって今はベンチメンバーだけど、元はセンターのレギュラー。ものっすごくわかりやすい固め打ちタイプの唐須さんが今日3タコで、唐須さんは左打ち、戸狩さんは右打ち。妥当すぎる判断だな。
(いいかげん1点リードじゃ足りNEEからNA。ここと最終回でダメ押し狙っていくZE)
「タイム!」
冬島さんがマスクを外しながらマウンドへやってくる。
「……夏樹ちゃん。この攻撃は単なる左右のスイッチだけやないで」
「わかってますよ。『別にバッターと勝負しなくて良い』、でしょ?」
「その通りや。やれるやんな?」
「当然ですよ」
「プレイ!」
戸狩さんは俊足好守のセンターなだけじゃなく、ホームラン2桁打てるパワーも兼ね揃えてる。対左を重視してる今日、この場面で一番やっちゃいけねーのは、当然一発打たれること。
「セーフ!」
「ここで1球ファーストへ牽制!」
(うーん、牽制はまぁ普通……かな?)
そして戸狩さんはどちらかと言うと速球打ちが得意。特に高めなら逆方向のスタンドインすらも狙える。
「ストライーク!」
「初球フォーク空振り!」
(この場面でいきなり落としてきたか……)
(って言うかクイック速ーな……フォームを自由にいじくれるくらい器用だからこういうこともできるってわけか)
変化球主体で攻めたいとこだけど、そうなってくると当然、向こうの脚も気になるところ。
「ボール!」
「冬島一塁の方を向いて……投げません!2球目フォーク外れてワンエンドワン!」
(やっぱり変化球主体……そろそろ仕掛けっかねぇ?)
そろそろ仕掛けてくるな……
「3球目のサインは……夏樹、首を横に振ります」
「タイム!」
「ここで戸狩も間を取ります」
「プレイ!」
「サインがまだ決まりません……」
これでバッター勝負に集中……してると見せかけて!
(!!!やば……)
「ああっと!ここで一塁へ!」
「アウトオオオオオ!!!!!」
「「「「「おおおおおッッッ!!!」」」」」
「牽制アウトですが……ミラー監督、リクエストです!」
……覆らねーよ。
「ここで主審出てきて……アウトです!これも判定覆らず!!」
「よっしゃあ!切り抜けた!!」
「そ、そんな……(ヽ*´○`*)」
「これでスリーアウト!夏樹、ランナーは出しましたが結局3人で抑えてキッチリ盤面を守りました!」
「ビハインドと言っても1点差ですからね。ここを抑えたのは大きいですよ」
「神楽ちゃん、ナイス!」
「おう、サンキュ!千尋さんもあざっした!」
「うんうん、良い牽制だったよ!」
今日は逢に助けられることもなかったな。ここ最近じゃ一番納得のいく内容だった。
確かにちょっと重い場面だったけど、所詮はビハインド。これよかキッツイ場面なんて今までいくらでも経験してきた。この程度、屁でもねーよ。
……あっしだって妃房さんみたいな球を投げれるのなら、こんな狡っからいやり方なんてしねーんだけどな……
******視点:綾瀬小次郎[横須賀EEGgシャークス投手兼任コーチ]******
やりおるわ。戸狩対策の変化球主体に加え、キャッチャーと揉めるくらいバッターに集中してると匂わせつつクイックでリード幅を拡げさせて、さらに牽制球の緩急。アマの頃から経験豊富なピッチャーらしい立ち回りや。高卒2年目でこのゲームのリリーフを1イニング任されるだけのことはある。
あの雨田って奴の方が純粋な投球の力量では上なんやろうけど、役割がはっきりしてて、こういう局面でも冷静に立ち回れるのなら、確かに一軍戦力としてはこっちの方が信頼できるわな。
「…………」
妃房は相変わらず自分の投球と相手野手に夢中。ツーアウトから数橋が出てもベンチの前で黙々とキャッチボール。
バッター勝負はあくまでアウトを取るための主要な手段の1つとして良い意味で割り切れて、アウト3つをキッチリ取れるああいう投手こそ、今の妃房には見習って欲しいんやけどなぁ。
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