第六十六話 キミだけはそうであってほしくなかった(3/5)
******視点:妃房蜜溜******
「おう、お疲れ。よう粘ったな」
「……はい」
ベンチに戻ると、綾瀬さんからの労い。
「どないしたんや?ピッチングに満足いかんかったか?」
「それもあります。けど……」
「?」
「……何でもないです」
「おいおい、つれへんなぁ。俺一応コーチやで?何でも相談してくれてええんやで?」
「今は試合中ですから」
「……せやな」
……『投手と打者の勝負』が野球の根幹だとしても、野手の仕事が打つだけじゃないのはわかってる。脚を絡めるのも、繋いで次以降の打者を立てるのも大事な役割だってことは頭では理解できてる。『これも野球』って、そんなのも当たり前。今一軍でレギュラーになりつつあるのも、そうやって走れるのをアピールしてきた結果なんだってことも当然理解してる。
だけど、月出里逢。キミだけはそうであってほしくなかった。
今まで逢った中でとびっきり"良い打者"なんだから、アタシとの時にそれ以外に頼るようなことをしてほしくなかった。別にその結果で点を失うのとかそういうのはどうでも良い。アタシの球を打てないからって他で役に立とうと必死になってる人達と同じような真似をしてほしくなかった。そんなことで"良い打者"としての品格を下げてほしくなかった。アタシの球を打てることを一番の誇りにしてほしかった。それもアタシが生きてる理由になるんだから。
アタシの考えなんて我儘でしかないって自覚してる。独りよがりなのは承知の上。だけどそれでも、アタシはそういう考えでここまで来れた。『投手と打者の勝負』を何より大事にしてきたから今のアタシになれた。たかがその程度のことにこだわり抜くことで、"たかが片田舎の神童"程度で終わらずに済んだんだから。
「例の"ちょうちょ"に走られたことか?」
「……!」
「そうか……」
綾瀬さんの察しが良いのか、アタシがわかりやすすぎるのか。
******視点:夏樹神楽******
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、三波に代わりまして、夏樹。ピッチャー、夏樹。背番号27」
「おおっ、今日は巫女ちゃんが出るんか」
「最近ギャル子が出ずっぱりやったからなぁ」
「巫女ちゃーん!キッチリ締めてやー!」
1点ビハインド。逢が引っ掻き回して、今日の試合まだ勝ちの目があるって実感できる今の状況であっしに頼ってくれるなんて、ありがたい話だねぇ。
「8回の表、シャークスの攻撃。8番キャッチャー、与儀。背番号8」
ここから3人左が続くのも多分、あっしが選ばれた理由。向こうはどっちかと言うと左の方が多いし、右は中軸に集中してる。あっし自身もそれ想定でこのカードは対左を意識して調整してきた。
「ストライーク!」
「初球カーブ!外低め!」
(いきなり良いところに投げ込んできたな……)
チビの頃から十八番のカーブ。最近はフォークに頼ることも多くなったけど、やっぱ理想はまっすぐとカーブだけで抑えることだよなぁ。
「ファール!」
「外高めストレート、141km/h!」
(出所が見えづらい……話に聞いてた通り、調整が持ち味のようだな。このカードは左が多いのを想定して、こういうフォームで仕上げてきたということか)
(この感じなら……)
随分強気だねぇ、冬島さん。まぁあっしも賛成だけどな。
「!?」
「……ボール!」
「おいィ!?入ったやろォ!!?」
(助かった……)
「インローまっすぐ143km/h、しかし手が挙がりません!」
「少し内……ですかねぇ?うーん……」
まぁよくある話だな。プロでもアマでも日本の野球は一球外し信仰が強い。3球勝負の時はどうしてもジャッジが辛くなりがち。
だけど……
「ッ……!」
「ストライク!バッターアウト!!」
「空振り三振!最後は外のスラーブ!!」
「踏み込みきれませんでしたねぇ。ナイスボールでしたよ」
内への残像は無駄になりゃしないさ。
「ええで巫女ちゃーん!」
「打てるキャッチャーがなんぼのもんじゃい!」
「ちょうちょが目立ってるけど、巫女ちゃんも大概ようやっとるわ」
「9番セカンド、犬飼。背番号31」
シャークスの選手にしちゃ守備も選球眼も良いこの人がレギュラーに定着できないのは、『シャークスには早打ち信仰が根強い』とか、『肝心なところでやらかすから』とか色々言われてるけど……
「ストライク!バッターアウト!!」
「何やってんだワン子ァ!」
「やっぱすごくねぇよワン子は……(テノヒラクルー」
「右の本格派とかにはアホみたいに強いんやけどなぁ」
一番の理由は『左に極端に弱い』とこだろうねぇ。
「三振!二者連続三振!危なげのない落ち着いたピッチングでツーアウト!」
「スピードはなくても堂々とゾーンで勝負してるのが良いですねぇ。積極的にアウトを取りに行く姿勢、逆転を狙いたい今の状況では勢いがつきますよ」
(ふぅん、やるねぇカノジョ♪)
「1番ショート、数橋。背番号5」
「艶王子ィィィ!」
「テンポ良く終わらせんなよ!」
「流れはこっちのもんや!」
あっしに向かってウインクしてから打席に立つ。うーん、ほんと色々とズルい人だな。同じ女とは思えん。佳子が推すのも納得だわ……




