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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
412/1169

第六十六話 キミだけはそうであってほしくなかった(2/5)

******視点:赤猫閑(あかねこしずか)******


「これでノーアウト三塁、カウントはツーツー……ここで綾瀬(あやせ)ピッチングコーチがマウンドに向かいます!内野陣もマウンドに集まって……」


 まぁ当然、ここは一呼吸置くでしょうね。どうもあの女王蜂ちゃん、ちょうちょちゃんが走ったのが随分気に食わないみたいだし。


「プレイ!」


 盗塁のアシストをするとカウントが悪くなりがちだけど、メリットもないわけじゃない。

 相手にとっては1点リードを何としても守りたい場面。内野が前で守ってて、キャッチャーとしてもいくらブロックが良いと言っても、この回に入って細かい制球が乱れてきてるところで速い変化球は投げさせづらいはず。コーナーに変化球が来たらごめんなさいくらいの気持ちで引きつけて、ストレートを流すのが無難なとこね。


(カウントにまだ余裕はある。何が何でも止めてやるからスライダーを自信を持って投げろ)

(……はい)


 速い……でもこれは……


「ボール!」

「外外れました!これでフルカウント!」

「く……!」


 割り切れていれば、このスライダーもどうにか見極められるものね。どうせ2点取らなきゃ勝てないんだから、もう1球これで出させてもらえるならありがたいし、ストレートなら狙い打つまで。


(……どう見てもストレートに張ってるな。いけるか?)

(当たり前じゃないですか……!)


 殺気立ってるわねぇ。共犯者なのは認めるけど。


「サインに頷いて第6球……」


 きた!ストレート……!?


「打ち上げた!これは……」

「オーライ!」

「アウト!」

「捕りました!赤猫、この打席でもサードフライ!最後は163km/hストレート、力でねじ伏せました!」


「さすクイーン」

「三振の次に良い結果なんだ!」

「どうにかこの回切り抜けるんだ!」


「あああああ!そこは転がしやろー!?」

「まぁ前進守備やしなぁ」

「いや、っていうかあの球速じゃ無理やろ……」


 ……ほんと、嫌なストレートだわ。タイミングはこの3打席でどうにか掴めてきたけど、問題はあのノビ。変な話だけど、イメージと全然噛み合わない。世の中左投手の方が少ないものだけど、それでも30年近く野球をやってきたんだから左投手との対戦経験もそれなりに積んでる。口では説明が難しいけど、左からのこのくらいのスピードならこのくらいのところに球が来るっていうのが、この女王蜂ちゃんには全然当てはまらない。あの子自身も球威がコロコロ変わるから修正が間に合わない。

 逆にあんな球をポンポン打てるちょうちょちゃんは一体何なのかしらね……?


「3番レフト、十握(とつか)。背番号34」

「ゴメン……あの子、制球は確かに乱れてるけど元気いっぱいだから気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」


 すれ違いざまに十握くんに一声。それを聞いて気を引き締めるためか、ただでさえ上げすぎのズボンをさらに上げる。兄や弟どころか、ずっとお父さんすらいなくて、この歳になっても男の人と付き合ったことがないからよくわからないんだけど、痛くないのかしらね……?


「ストライーク!」

「初球162km/hストレート!」

「そろそろ100球ってとこなのに、走ってますねぇ……」

(ほんと嫌になるまっすぐだなぁ……まっすぐ打つの自信あるのに、修正が間に合わない……)

(これならあと1球いけそうだな……)

「ファール!」

「これも163km/h!しかしバックネットへファール!」


 やっぱり十握くんでもそうみたいね。まっすぐが想定より上っ面。今日ちょうちょちゃん以外には大体まっすぐとスライダーしか投げてないのに、どうしてもイメージとのズレがある。確かに質の良いまっすぐならではの事象ではあるけど、それにしたって頻繁すぎる。


(追い詰められた……!)

(月出里逢(すだちあい)ほどいきなりではないにせよ、タイミングはドンピシャ。ほんとに良い打者っぽいね、あの人)

(だが、これだけまっすぐを意識してるのなら……!)

(……!!!)

「高めまっすぐ!」

「スイング!」

「……ボール!」

「回ってません!ボール!」

(危なかった……『高めは当てられそうもない』って意識が逆にどうにかバットを止めてくれた感じかな?)


 フォロースルーからのイメージ通りの大味なスイングだったら、今のまっすぐは呼び込めきれずに振ってたでしょうね。大したものだわ。


(だがこれなら外スラで……)

(決められますね)

(変化球そろそろ来そうだよなぁ……あのまっすぐへの対応を残しつつそっちも対応できるか……)

「ッ……!!?」


 !!!スライダーが内に寄った……


(いける!)

「引っ張って強烈!」

「「「「「おおおおおッッッ!!!!!」」」」」




(させないもん……!)

「……いや、セカンド届いた!」

「ホーム!」

「三塁ランナーホームへ……」






「アウトオオオオオオオオオオ!!!!!」

「いやったあああああ!!!!!(*^○^*)」


 今のは……


「あっと、ここで(やなぎ)監督が出てきて……リクエストです!」

「流石にこの場面はしますよねぇ……」


 当然ね。いくら向こうの投手に隙があったからと言っても、この1点のために結構なリスクを背負ったんだから。だけどちょうちょちゃんのあの顔……それにあたしが見てた限りでも……


「今バックスクリーンに映像が流れてますが……ああ、これは……」

「ですねぇ……」

「今主審が出てきて……アウト、判定変わりません!バニーズ、得点なしでツーアウト一塁!!そしてセカンド犬飼(いぬかい)はビッグプレー!!!」


「ああああああああああッッッ!」

「クッソォ、せっかく捉えたのに……」

「これ今日アカンやろ……」


「やっぱすげぇよワン子は……(*^○^*)」

「交流戦明けはハンマーライトにしてでもワン子レギュラーしかないんだ!(*^○^*)」

「っていうか今日バック仕事しすぎやろ」

「シャークスのくせに守備カッチカチとか生意気やぞ」

「劇場版・横須賀EEGg(よこすかイーエッグ)シャークス定期」


 スライダーの逆球……あの勢いならセンター前に抜けると思ったけど、逆に打球にスピードがあったのが仇になったわね。


(しかし、やはりこの回はスライダーの制球が不安定だな……)

「4番ファースト、天野(あまの)。背番号32」

(こういう振り回す輩は抜けスラが特に怖い……さりとてまっすぐを続けすぎるのもコイツのパワーを考えると怖いところでもある)


「ここで扇風機かぁ……」

「アホ!まだ負けた訳やないやろ!?」

「チッヒ!4番ならここで逆転ツーランかましたらんかい!」

(それはぼくも山々だよ……!)

「ストライーク!」

「初球高速チェンジアップ!147km/h!」


 スライダーが的を外してはいるけど、チェンジアップは相変わらずね。仮にもう1回打順が回ってきたとしても、手札をまだ隠してる女王蜂ちゃんに対応し切れるか……


「ストライーク!」

「もう1球チェンジアップ!これも空振り!」

(よしよし、こういう流れなら楽だな……遠慮はいらん、もう1球だ)

(……はい)


 それにしても何だかさっきまでより落ち着いてるというか、大人しいというか……


「!!!??」

(しまった……!)

(これなら……!)


 また球が抜けた……!


「レフト上がって!!!」

「「「「「おおおおおおッッッ!!!!!」」」」」




「アウト!」

「ああーっ……フェンスの手前、届きませんでした!レフト天竺(てんじく)捕ってスリーアウト!!」


「マジかよ……」

「ノーアウト三塁でもアカンかったか……」

「こりゃいよいよ今日は無理か……?」


 多分抜けたチェンジアップだけど、上がりすぎて届かず。ミスショットなんていつでも起こりうるものだけど、ここで出ちゃうとはね……


「7回の裏バニーズ、妃房蜜溜(きぼうみつる)のパーフェクトピッチングは阻止しましたが得点ならず!1-0、依然シャークスのリードです!!」


 虎の子の1点を守り抜いてシャークスナインもファンも大盛り上がり……女王蜂ちゃんを除いて。


「赤猫さん」

「ちょうちょちゃん?」

「すみません、せっかくアシストしてもらえたのに……」

「……巡り合わせよ。あたしが繋ぎ役しかできなかったのも込みでね」

「はい……」


 全く。もっと堂々としてくれないと。せっかくこのあたしが期待してあげてるんだから。良い加減優勝して、おばあちゃんに良いところ見せたものだわ。

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