第六十六話 キミだけはそうであってほしくなかった(1/5)
******視点:月出里逢******
「これでノーアウト二塁!月出里、これまでパーフェクトピッチングだった妃房を相手に、たった1人でチャンスを演出しました!」
(全く……この赤猫閑に盗塁させるんじゃなく、盗塁のサポート役をやらせるなんてね……だけどあの子、やっぱり本物だわ)
(完璧に盗まれたな……奪三振率の高い妃房ならノーアウト二塁は他の投手と比べれば安全圏だが、これ以上は流石に看過できん。妃房)
(ッ……!)
本来1点差なら『同点のチャンスを演出する』んじゃなく、『一発で同点に追いつく』が理想だけど、今はあの面倒なチェンジアップを打ち返せただけでも良しとするしかない。
「ここで二塁牽制!」
「セーフ!」
「心配いらないんだ!」
「クイーンはランナーがいようとも関係ないんだ!」
「ここもきっと切り抜けてくれるんだ!」
……やっぱりわかりやすい。元々打席でも何故か呼吸や拍子が見えやすくて、何故かスムーズに打てちゃうけど、いざ塁に出てみると盗塁するのもこの上なくやりやすい。
あたしも『打者と投手の勝負』にこだわりがあるから、ああやって目の前の勝負に集中して、誰が相手でも正々堂々と立ち向かえるところは素直に尊敬できる。でもそのせいで、ホームに投げる時が簡単に見抜ける。だから逆に牽制もわかりやすい。それに、最初に打った時はスリーベースだったから気づかなかったけど、あの変態の場合サウスポーだから、視線とか意識の向かう先が一塁から視えやすくて余計にね。
そしてやっぱり性格が出てるのか、クイックも悪くはないけどそれでも球威を重視してるような印象。これなら……
「……!」
ベンチに向かってサインを送る。さぁ、どうする監督?
(……よかろう。赤猫)
(しょうがないわねぇ……)
それで良い。ちゃんと勝たせてあげるから……ってのはちょっと違うかな?
「……ボール!」
「再び二塁牽制!」
「セーフ!」
(……この感じ。おそらく相手の狙いは……妃房。アレをやるぞ)
(そうですね。その方が助かります)
!!急に意識がホームに強く向かい始めた……
「ピッチャー、間を置いて……」
「タイム!」
「ここで一旦、赤猫が打席から離れます」
「プレイ!」
「ボール!」
(リード幅が大きくなってきた……ここだ!)
だろうね……!
「ここで振り返って二塁牽制!」
「ッ!?」
「セーフ!」
(刺せなかったか……)
初見だったらちょっとヤバかったかもね。『牽制の指示をキャッチャーが出す』。去年のオープン戦で火織さんを刺すのに使った手。キャッチャーの方の動きにも気をつけてれば、これも十分読める。
「第4きゅ……!?二塁ランナースタート!」
「ストライーク!」
(くそッ……!)
「セーフ!」
「三塁セーフ!盗塁成功!何と月出里、これで今シーズン、両リーグ最速で20盗塁に到達!」
「「「「「おおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「ちょうちょマジプロスペクト」
「閑たそ左やのによう間に合ったわ……」
「やっぱ閑たその後継者はかおりんやなくてちょうちょやな」
……盗塁のことを教わってた時に、僧頭コーチは『"リードオフヒッター"は大きく分けて2通りある』って言ってた。『とにかく数を求める』タイプと『大事な場面できっちり盗む』タイプ。日本球界の歴代トップ2がこの2つに分けられるって。そして自分は代走屋として後者を意識してたって。
あたしはそもそもリードオフヒッターを極めるつもりがないから、どっちにも当てはまらない。あたしが目指すのはあくまでスラッガーだから。
あたしにとっての盗塁は『相手投手次第でついてくるオマケ』くらいのもの。打った結果、歩いた結果をより良くするためのもの。あくまで打席での働きの延長。だからアウトには絶対になりたくない。特に高校の頃なんて出塁すらなかなかできなかったんだから余計にね。
"リードオフヒッター"にそういう2つの分類があったとしても、どっちも共通して言えるのは『アウトになる覚悟が必要』ってこと。あたしにはそれがない。盗塁のためにアウトになんてなりたくない。この前の三矢さんみたいに牽制とクイックが上手い投手からはわざわざ盗もうなんて思わない。
だから、もしどうしてもリードオフヒッターとして何かしらに分類するとしたら、『絶対にアウトにならないと確信した時だけ盗む』タイプ。"強盗"とか"怪盗"とかそんな大層なものじゃなく、"コソ泥"とか"火事場泥棒"とかで大いに結構。
「ッッッ!!!」
「どうしたんだクイーン……?」
「いつもはランナーなんて全く気にしないのに……」
「まぁ三塁に行っちゃったんだったら尚更もうバッター勝負に集中すれば良いんだ!」
あたしの方を憎々しげに見る変態。同類だから、何を考えてるのかはよくわかるよ。他の人にとっては不条理なことを考えてるのはよくわかる。『それ』については申し訳なく思ってる。あたしだって早く打つ方で一番になりたいからね。
さっきも思ったように、あたしの盗塁は結局あたしのためのもの。チームを勝たせることに必ずしも直結するものじゃない。あたしが盗むのは投げる方に隙があるから。だから、そこまで恨まれても困る。




