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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
410/1154

第六十五話 世紀末生まれのフリーク(7/7)

(……外れる)

「ボール!」

「ボール!」

(ッ……!)

「2球続けて外れました!ツーボールノーストライク!」

「ボール1つか2つ分ってとこですかねぇ」

「ここまで球数は84球……」


 向こうの三波も90球ほど。こっちはそれなりに出塁してるんやけどな。


「……ボール!」

「161km/h速球!しかしこれも外れました!」

「ピッチャービビってるで!」

「へばってるへばってる!」

(くそッ、よりによってこのタイミングで……!)


 涼しい顔で見送る月出里(すだち)に対して、渋面する妃房(きぼう)


 ……投手の能力でよく言われる『スタミナ』ってやつは、長距離走とかのそれとは少し異なる。言うなれば『再現性の持続力』。

 投球ってのは実に繊細な作業や。18m以上離れた場所から、幅40cm程度のホームベースの上、さらに打者の胸元から膝元までの高さに十分なスピードの球を通し続けるんやからな。リリースの瞬間のほんの寸分の狂いが、想定より何センチもの狂いに繋がる。

 だから投手は大なり小なり投げ込みをする。投げれば投げるほど身体が鍛えられるとかそんな単純な話やなく、その繊細な投球感覚を身体に覚え込ませるために。ベストピッチングを逆算するために。

 何せ投球を生み出すための要素ってのはあまりにも多すぎるからな。どの球種をどのくらいの力加減で、どのタイミングでどうリリースすればどの辺りにボールが行くのかってのなんてのは、人間の想像力だけで完全に想定しきれるもんやない。ましてや本チャンの投球ではその日の体調だけやなくマウンドのコンディションや天候、球審の判定傾向とか、様々な外的要因も絡んでくるんやからな。ある程度基準になる投球感覚を持った上で都度都度修正していくことで、練習の時にできてたベストピッチングを『再現』できるわけや。

 せやけど投手かて人間。投げれば投げるほど少しずつ疲れてくる。疲れれば身体を操作する感覚も狂ってくる。つまり、ベストピッチングを『再現』するために必要な要素も微妙にズレる。カロリーとかそういう数値的な面で全力投球できる余力が残ってたとしても、身体の操作が違えば想定通りのところに球が行かへんし、球威も完全には引き出せへん。


「ストライーク!」

「真ん中低めスライダー!ここは1球見送りました!」


 せやから、序盤には右打者の内角・左打者の外角にバシバシ決まってたスライダーが微妙に外れたり、低めにも入ってたストレートが上ずっとる。


(……まだまだ!)

(!!?)

「ストライーク!」

「おおっ!!!」

「ファールチップ!しかし球速は165km/h!!」

「えっぐ……」


 それでも、球威はまだ維持できとる。妃房は元々、状況を読まず相手打者に応じてコロコロ機嫌を変えるところがあるとは言え、十分な球威を維持することにかけては一級品。

 身体が疲れに慣れるまでは、そこに賭けるしかないわな。


「ファール!」

「今度は前に飛ばした!今日最速166km/h!!」

(……これ以上は続けられん、か。妃房、コイツを決めきれるか……?)

(やるしかないでしょ……!)


 与儀(よぎ)のサインに力強く首を縦に振る。今日この日に大記録を打ち立てんとするなら、この打席がおそらく最大の正念場。乗り切ってみせろよ……!


(……チェンジアップ!)

(よし、スイング!これで……!?)


 な……!?


「低め掬い上げて……」

「ッ……!」

「ショートジャンプ!しかし届かない!!」

「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」

「センターの前落ちました!ランナー一塁ストップ!!バニーズ、ついに今日初めてのHランプを灯しました!!!」

「「「「「いよっしゃあああッッッ!!!!!」」」」」


 バニーズ側のベンチも観客席も盛り上がる。野球は点取りゲーム……なんて、今この時は負け惜しみやな。


「ノーアウト一塁!バニーズ、待望の同点のランナーを出しました!」

「とりあえずノーノー回避や!」

「やっぱ前のスリーベースは偶然やなかったんやなって……」

「ちょうちょー!最高やでー!」

「結婚してくれ(迫真)」


 一塁の上で綻んだ顔をヘルメットで隠す月出里。それを見て苦笑いの妃房。

 妃房自慢の154km/h高速チェンジアップ、見極めたりカットしたりするどころかとうとう弾き返しおった……つくづく2割中盤の打者のそれとは思えんわ。


(悔しいけど、それでも楽しかったよ。パーフェクトもノーノーも途切れちゃったけど、それでも今日は幸か不幸か味方も全然エラーしなかったから、これでもう1回キミと勝負できるようになった)

「2番センター、赤猫(あかねこ)。背番号53」

「タイム!」


 いったんマウンドへ向かう与儀(よぎ)。当然やな。記録云々以前に、わずか1点リードの終盤。一呼吸置くのは当たり前。


「プレイ!」

(とは言え、今勝負してるのはキミじゃなく赤猫さん。目の前の勝負に集中しなきゃ……!?)


 まさか……!?


「一塁ランナースタート!」

「ストライーク!」

(いきなりか……!)

「セーフ!」

「セーフ!盗塁成功!!今シーズン19個目!!!」

「ええでええで!」

「それでこそやちょうちょ!」


 打者との勝負が全ての妃房が相手とは言え、初球から完璧に盗んでみせた……全く、とんでもない度胸(タマ)やで。


 妃房蜜溜(きぼうみつる)月出里逢(すだちあい)。大器なれど、どっちもまだまだ未完のまま。このまま花開かず"時の人"程度で終わってしまうか、それとも後の世で"世紀末生まれの怪物(フリーク)"とでも呼ばれるようになるか。

明日は試験の都合で更新休みます。

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