第六十五話 世紀末生まれのフリーク(4/7)
「ボール!」
「初球外スライダー、外れました!」
今日の妃房くんは今のところまっすぐとスライダーの二択が基本。カーブとチェンジアップはたまに混ぜる程度。1打席で全球種を使ったのは最初の月出里くんの打席のみ。まぁ妥当な判断ではある。
普段のあの立ち上がりのスリークォーターによる調整は『球威不足』というデメリットも確かにあるけど、『エンジンがかかった投球の機会を減らせる』というメリットもある。単純にペース配分になるし、こちら側が妃房くんの投球にアジャストできる機会も減る。
球種をできるだけ絞ってるのも、普段と違って最初からエンジンがかかった状態での投球になってるから、その分手札を温存しておきたいというところだろう。
「!!!」
「ファール!」
「当てましたがバックネットへファール!今日最速の160km/h速球!」
「来た来た来た!クイーンの160km/h!」
「でもほんとよく当てるわねぇあんなの……」
「やっぱりリプのバッターは速球に強いってことかねぇ?」
プロ相手にこんな見え見えの温存策が罷り通るのも、まさにあの球威と……そして、あの『投手として限りなく完璧に近い身体』があってこそ。
「ストライーク!」
「スライダー!今度は外入りました!見逃してワンボールツーストライク!」
僕らなんかじゃ今のバックドアが入ったことで相当焦るだろうけど……
「ボール!」
「外もう1球!今度は外れました!」
月出里くんは流石だねぇ。今のを悠々と見送った。
(今度はストレート……と見せかけて!)
「ッ!!!」
「バットは……回ってません!ボール!低めチェンジアップ外れてフルカウント!」
(全く、コイツだけは本当に神経が削れる。他の打者なら何も考えずにストレート一択で済むというのに、コイツ相手だとこの妃房の球威を以てしても駆け引きをせねばならん)
(同じ手は2回も通用しないよね……だけどそれが良い!)
「ファール!」
「外ストレート!164km/h!!」
「ええでええでちょうちょ!」
「ほんま何であんなん打てるんやちょうちょ……」
そして不思議なことに、妃房くんが相手だと月出里くんのバッティングにいつものぎこちなさがなくなる。
月出里くんは元々、どんな球にも対応できそうな懐の広さを感じる良い構えをしてる。リズムを刻むような忙しない動きはせず、適度に脱力できてて、それでいて背筋はピンと張った、シンプルイズベストと言わんばかりのスタンス。そして最近気づいたんだけど、彼女はタイミングをまるで外さない。ほとんどどんな時でも投手の前脚の踏み込みと、彼女の後ろ脚への体重移動のタイミングが一致してる。あの異常なまでの三振の少なさは恐らくこのタイミングの取り方の上手さが一番の要因だと思う。
でもいつもそこからがぎこちない。入団当初と比べればだいぶ見れるようになったけど、それでもバットヘッドが不自然に遠回りしてるとか、踏み込んだ後に体重を残し切れてないとか、そういう何かしらの細かい粗がいつも見受けられる。だからあれだけのパワーがあるのに打球が思ったより飛ばないんだろうね。
なのに今日はそういうのが全然ない。ただ単純にフォームが綺麗なだけじゃなく、どの球種が来たとしても完全には崩れない。まるでその球の打ち方をあらかじめ完全に理解した上でスイングしてるような、そんな感じさえする。
「!!!スライダー引っ張って……!」
(やば……!)
「サードよく捕った!」
「「「おおっ!!!」」」
「ファースト!」
「アウトォォォ!!!」
「小森ファインプレー!」
「正面でしたけど難しいバウンドでしたよ。よく捌きましたねぇ」
全力疾走はしたものの、流石にサード正面への強い当たり。小森くんの落ち着いたスローイングで特に際どい判定にもならず。
月出里くんも今日特にキレてる内角スライダーを綺麗に捉えたんだけどねぇ……
(また正面……)
(うーん、去年の二軍戦よろしく運に助けられたかなぁ……まぁ捕れるところに打たせたってことで)
「おいおい、シャークスって守備ガバちゃうんか……」
「完璧に捉えたのに……」
「ちょうちょがアカンとまずいやろこれ……」
「さすクマ」
「小森は範囲が狭いだけなんだ!」
「一応去年ゴールデングラブなんだ!」
……ま、機が今じゃないってだけさ。
「ここまでは想定内じゃな。お互いに」
「ええ……」
ここから少しずつだろうけど、事態は好転していくはず。
「サード!」
「アウト!」
「赤猫、サードフライでツーアウト!」
その証拠に、今日初めて三振以外が二者連続となった。
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