第六十五話 世紀末生まれのフリーク(2/7)
******視点:柳道風******
ふーむ……単純に立ち上がりから点を奪って逃げ切れるのならそれが一番良かったのじゃが、いきなり月出里という触媒を与えると妃房のエンジンがかかってしまうのか……
まぁ良い。それも想定内。それに結果こそ凡退じゃったが、去年の二軍戦のデータも込みで、月出里がどういうわけか妃房と相性が良いのは実証された。
「2番センター、赤猫。背番号53」
問題はこの後の妃房がどうなるのか……
「ボール!」
「まずは初球外れました!151km/h速球!」
(去年のオープン戦で対戦できなかったけど、話に聞いてた通り気持ち悪いくらい伸びてくるわね……百合花ちゃんのまっすぐ以上だわ)
これも旋頭から聞いてた通り。普段の立ち上がりのスリークォーターはおそらく調整が目的。そして本来のオーバースローに切り替えてからはスリークォーターに戻ることはない。
これでもまだ本気じゃないと言うのは全く恐れ入る。去年などこの状態でも10連続奪三振を喰らったのじゃからのう。あの時と今日ではメンツがそれなりに代わってはいるものの、単純に打ち崩しにいっても確実に太刀打ちできると言えるのは月出里のみ。あえて初見の赤猫と十握を月出里の後続に置いてるのは賭けの意味合いもある。
じゃが、今日はシーズン本番。やるからには勝たねばならん。それこそそんな博打じみたやり方だけではなく、プロとしてより確実な手段で。
……というわけで、赤猫よ。
(……やっぱそうするしかないわよね)
「ストラーイク!」
「ストラーイク!」
「ボール!」
「ファール!」
「スライダー!何とか当てていきました!」
(そんな逃げ腰じゃ……!)
「ストライク!バッターアウト!」
「今度は空振り!外スライダーで三振!」
(今日はスライダーの出来が良いな。右の内側、左の外側への再現性が高い)
(流石にあんなエグい外スラを連続で当て続けるのは厳しいわね……)
良い良い。それで良い。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!今度もスライダー!」
(まずいねこれ、想像以上だよ。この試合の間にアジャストできるかな……?)
流石の十握でも初見ではこうもなるか……
「これでスリーアウト!妃房、初回は3者連続奪三振の完璧な立ち上がり!0-0、初回は両チームともに無得点です!」
「クイーン最高なんだ!(*^○^*)」
「天敵ちょうちょにも早速リベンジなんだ!(*^○^*)」
「立ち上がりが完璧なクイーンとか、もはや球界最強エースやろ……(*^○^*)」
「3年連続ノーノー待機なんだ!(*^○^*)」
「シーズンでも10連続奪三振を狙うんだ!(*^○^*)」
まぁ良い。あの3人を打線の頭に置いたことでの最低限の目的は果たせておる。あとは機を待つだけじゃ。
******視点:妃房蜜溜******
ベンチに戻って、鼻歌混じりに軽く水分補給。
「〜♪」
「ご機嫌だな、妃房」
「あ、与儀さん」
「"蝶の君"から三振を奪えたからか?」
「はい!ノーノーの時より嬉しいです!」
「お前らしい……」
アタシでもノーノーとか完全試合は普通に嬉しい。向かってきた全ての打者に打たれなかった証だからね。いつかは三振27個でパーフェクトってのも一度で良いからできたらなぁとも思ってる。
だけどやっぱり、一番嬉しいのは『本当に良い打者に勝てること』。
もちろん、さっきのだけで満足する気はない。今日は順当に行けばあと2回はあの子と勝負できる。それに何より、『投手と打者の勝負』なんて元々投手に有利なもの。たった1回勝負した結果だけでどうこう言うようなせこい真似なんてしない。今日全部抑えて初めて今までの分をやり返せたくらいのもの。
……さっきの勝負では全力を出しきれなかったけど、全力に慣れさせなかったことで、この後の勝負への布石にはなる。だけど向こうからしても今日のアタシにアジャストし始めてる最中。この後の勝負がどっちに転ぶかなんて誰にも分かりやしない。だから面白い。
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「どんなことでも、楽しいと思えるかは結局自分の考えよう次第。蜜溜はあんまりこういう目立つことは好きじゃないかもしれないけど、目の前のことは楽しまなきゃ損よ?」
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そうだねお母さん。全く以てその通りだよ。
アタシは内臓逆位とは言っても全部の臓器がきちんと逆になってるみたいだから、普通に生きていく分には多分問題ない。無事に成人できたのもその証拠。身体がまだ出来上がってなくて、発育とかでどう転ぶかわからなかった子供の頃と比べたら今は遥かに生きやすい。
だけどそれでも、特に内臓系の大きな病気を患った時に手の施しようがなくなる危険性がある。現代の医療の発展は前例に前例を重ねていった結果。お医者さん個人個人の力量だってそう。アタシみたいな例外的な存在を取り扱える保証なんてない。突然の不慮の事故なんて誰しも起こりうるものだけど、アタシはその確率が他の人と比べて格段に高い。生まれてきてから今もなお『死』がすぐそばにある状態。
だからアタシは今を後悔のないように生きたいと思ってるし、そういうアタシだから誰よりも目の前の勝負に真剣になれるという自負がある。
月出里逢。今日はお互い、存分に楽しもうね。




