第六十四話 ハンデ・オア・ギフト(5/6)
「コタロー、クロちゃんは元気?」
「お、おう……」
「サエ、最近髪伸ばしてるんだね」
「う……うん、卒業式で髪結えるつもりだから……」
「ケーンーター、どこ見てたのー?」
「見てない!見てない!何も見えてないからな!?」
近所の3人ともまた自然と話せるようになった。
無神経に思われるかもしれないけど、それでも割り切らなきゃいけない気がしたから。確かに生きるためには必ず喰って喰われて誰かを犠牲にする。レギュラーを争う上でも誰かが必ず落ちこぼれる。だけど今のアタシになった以上は、それ以外で誰も犠牲になんかしない。ケンタの件はわざとじゃないんだって示すためにも。
「レフト!」
「よっし!いけるいける!」
中学からシニアのチームに入って、小学生の時よりもレベルの高い相手と戦う機会が増えた。まっすぐのスピードは年々上がっていったけど、まっすぐとチェンジアップだけの二択じゃ、制球が悪い日だと案外打たれたりもした。
だから、単純に練習の仕方とか身体作りとかだけじゃなく、アタシの生まれ持った身体自体も見直した。普通に生きていく上では不便しかないこの身体。どうにか野球に活かせないか必死で頭を捻った。
「ストライク!バッターアウト!」
「クッソ……!全然合わせられねぇ……!」
「最近ますます化け物じみてきたな……」
「そういえばアイツ、少しフォームがオーバー気味になったか?」
日暮さんが右投手なおかげもあってようやく気づいた。アタシのこの身体はむしろ天恵なんだって。
「ほ、本気なの……?」
「うん。アタシ、神奈川の高校に行きたい」
「い、いや……だがお前の身体のことを考えたら……」
「都会の方がレベルが高いし、何より病院もいっぱいある。野球に本気で打ち込むならどのみち都会の方が良い」
高校進学に際して、帝国のあちこちの強豪校からスカウトしてもらって、アタシのやり方を一番尊重してくれるところを選んだ。できるだけ上のレベルの方が良い打者と勝負できるけど、チームの勝ち負けなんてアタシ1人だけじゃどうしようもないことはよくわかってる。個人で活躍すれば世界大会とかそういうところで選んでもらえるし。だから、嚆矢園を目指すよりもそっち優先にした。
おじいちゃんとも一悶着あったけど、今度こそようやくアタシの力だけで自分の巣を作れたような気がした。
「いやぁ、ついに実現したな!スーパー1年生同士の投げ合い!」
「小学生の時から有名人同士なのに今回が初めてなんだな」
「ひさしぶり。中学の帝国選抜以来ね。ようやく貴女と投げ合えるわ」
「……?ごめん、誰だっけ?」
「ッ……!貴女本気で言ってるの……?」
「ご、ごめん。同じ投手には興味なくて……」
「……三条菫子よ。二度と忘れないで頂戴」
今思い出した。去年、オープン戦でバニーズのオーナーさんに会った時のこと。そういえばアタシ、あの人と何回か会ったことがあった。打つ方ではぼんやり覚えてたけど、その子とオーナーさんが同じ人だって認識がアタシの中で全くなかった。
まぁしょうがないよね。投手同士の投げ合い・競い合いなんて、トラとライオンどちらが強いかを議論するようなもの。別々の自然環境にいるもの同士について机の上で仮定を並べたところで不毛な争いでしかない。同じ環境で、現実に喰って喰われてこそ本当の『勝負』。




