第六十四話 ハンデ・オア・ギフト(4/6)
「帝国少年少女硬式野球連盟ジュニア選手権大会、北陸代表・古谷ホーネッツ対東関西代表・十三キングス。後攻のキングスの先発は■■くん。最速101km/hの力のあるまっすぐが自慢の本格派右腕!チームのキャプテンも務めます!」
「本職はサードで本来のエースは■■くんですが、■■くんも制球がまとまってて落ち着きのある良い投手ですよ」
今年も北陸代表になれたけど、今年も初戦から関西勢。でも確率的には十分あり得る話。
小学生の硬式野球には色んなリーグがあるから全部がそうってわけじゃないけど、ウチのチームが加盟してるリーグでは高校野球みたいに都道府県ごとに大体1枠じゃなくて、地域ごとに2枠3枠がデフォ。例えばアタシ達北陸勢はチームの数が少ないから代表は1枠、関西勢はチームが多い上にレベルも高いから東西合わせると5枠。単純にまっすぐのスピードだけなら去年までのアタシより上の投手なんてゴロゴロいる。
やっぱり『好き』という感情は強い。個人だけじゃなく、集団でも。野球の上手さは単純な運動神経だけで決まるものじゃないけど、それでも世の中野球以外の競技もあるんだから、その競技のレベルの高さってのはどれだけ競技人口を集められるかが大きい。パンサーズや嚆矢園みたいな象徴のある関西は本当に野球が好きな人が多いんだろうね。
「へへ、今年の初戦は北陸の奴らか!」
「去年神戸の連中にボコられたんやっけ?」
「あんなボンボンだらけのとこになぁ」
「まぁ今日は■■温存できるのはデカいな。多分次は伊丹の連中やろうし」
「関西の枠もう1つ2つくらい増やして欲しいよなぁ」
「■■は打つ方が注目されがちだがマウンド捌きは■■以上。油断はできねぇぞ」
「■■とかも要警戒じゃない?栃木の三矢からホームラン打ったのよね?」
「主任、良いんすか?今日エースの子じゃないみたいですよ?」
「HAHAHA!構わないSA!ジャパニーズピッチャーは優良物件揃いだからNA!特にキョート?の辺りだと良いのが揃ってるんDARO?」
「もうちょっと南の方っすね……」
観客席には当然、出場選手の親御さんっぽい人もいるけど、他のチームの偵察っぽい人とか、どういうわけか外国人のおじさんもいる。相手チームもさることながら、みんな向こうのチームが勝つことを前提にしてる雰囲気。まぁ今となってはそんなことどうでも良いんだけどね。
「ストライク!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!」
「三振!最後はカーブ!」
「良いぞ■■!」
「ナイピー!」
「三凡三凡!」
「す、すまねぇ……」
「ん、大丈夫」
4番としてネクストで待機してたけど、想定の範囲内。
「……!?」
「うおっ……!?でっか……」
「え?あの子小学生?」
「後攻チーム・ホーネッツのピッチャーは妃房さん。4番ピッチャー、妃房さん。背番号11」
「さぁ代わって守りますホーネッツ。ホーネッツの先発は妃房蜜溜。6年生エースの本格派左腕。小学生ながら身長170cmの堂々たる体格。打線でも4番を務めています!」
「いやぁ、他の子と身体つきがまるで違いますね。高校生くらいにしか見えませんよ……」
マウンドに上がると、やっぱりいつも通りのざわめき。あの秋から背が20cm以上伸びちゃったからね。
「見かけ倒し見かけ倒し!」
「去年コールド喰らった奴やろ!?」
「■■ー!引っ掻き回したれー!」
「1回の裏、キングスの攻撃。1番ショート、■■くん。背番号6」
さて、今日はどんな感じかな?
「!!?」
「ストライーク!」
「な……!?」
「お、おい!アレ見ろよ!」
「ハァ!?」
「初球ストレート空振り!球速は……120km/h!何と初球から今大会全投手最速の120km/h!」
「体格通りのパワーピッチャーですねぇ……」
「小学生で120km/hも出せるんか!?」
「一応おらんことはないけど……」
……うん。まぁまぁかな?
「ストライク!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!」
「スリーアウト!0-0、キングスも初回の攻撃は三者凡退で終了!」
「やばいで。速いだけやなくかなり伸びてきてるで」
「でもここまでまっすぐしか投げてへんやろ?」
「左なんは厄介やけど、タイミングさえ合わせれば……」
向こうはそんなに焦ってる感じがない。流石は百戦錬磨の関西勢。うんうん、それで良いよ。その方が面白い。
「2回の表、ホーネッツの攻撃。4番ピッチャー、妃房くん。背番号11」
もうこの頃くらいからアタシ自身のバッティングには興味がなくなってた。だけどより上のところで良い勝負がしたいから……
「!!?」
「は……?」
「は、入りました!何とホームランラインを軽く超えてスタンドイン!ホーネッツ、主砲の一発で先制!」
「「「「「マジかよ……」」」」」」
「よっしゃあ!ナイバッチ!」
中軸として最低限の義務は果たす。身体が大きくなった分なのか、バッティングは最低限しか練習してないのに簡単に飛んでくれる。それに自分が投手であるという意識が強くなった分、打席で必要以上に気負いしなくなって、結果的に良い方に傾いたのかもしれない。
「ファール!」
「良いぞ良いぞ!」
「タイミング合ってるよー!」
お互いほとんど打てないまま打者一巡したけど、流石。このまっすぐだけならどうにか対応してきてる。
そうでなくちゃ面白くない。
「あはははは!」
「……!!?」
(な、何やアイツ……?)
(何であんな笑っとるんや……?)
去年関西の人達に散々悔しい思いをさせられたこと。今となってはまるで恨みなんてない。むしろ感謝してるよ。甘ったれだったアタシをこんなふうに変えてくれたんだから……!
「「「「「…………」」」」」
「嘘やろ……?」
「ひゃ……131km/h!131km/h速球!空振り三振ッ!!」
「良いぞ蜜溜ちゃん!」
「見たか関西!これが"小千谷の天才左腕"だべ!」
(捕る方も褒めろよな〜、全くよぉ……)
「小学生で130超え……!!?」
「おい!急いで連絡や!」
「新潟にあんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!」
「クレイジー……」
北陸大会じゃあんまり全力を出す機会がなかったけど、やっぱり全国は違うね。アタシ好みの良い打者がうじゃうじゃいる。
「3番センター、■■さん。背番号8」
「ファール!」
「おおっ!当たったぞ!」
「流石■■!」
(スピードは恐ろしいですが、基本は先ほどより速くなっただけ。タイミングさえ修正すれば……!)
第一打席でも良かったけど、この人は特に良い。最高だよ……!
「は……!?」
「ストライク!バッターアウト!!」
「な、何や今の!?」
「フォークか!?チェンジアップか!?」
「エグい落ち方したぞ……」
今となっては改良を重ねて高速チェンジアップになって原型を留めてないけど、一番最初に覚えた変化球のサークルチェンジ。変化球はいけるとこまで1つに絞りたかったから、この頃はまっすぐとの球速差と落差を重視してた。
「6回の裏、キングスの攻撃。7番レフト、■■くん。背番号7」
「おい!最終回やぞ!良い加減打たへんと……!」
「冗談言わんとってや!小学生が左の130なんてポンポン打てるわけないやろ!?」
「あんな災害みたいな奴どうしろってんだよ……」
小学生の野球は大体6回で終わり。つまんない。
「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!」
「試合終了!3-0!妃房蜜溜、完全試合達成!北陸代表・古谷ホーネッツ、2回戦進出!」
「いきなりとんでもねぇ大番狂せだな……」
「関西代表相手に6回16奪三振無四死球、被安打失点ゼロ……」
「こりゃエライ逸材が出てきたな……」
「ソウタ。アンタ、前に『"小千谷の天才左腕"ももう終わり』って言ってたわよね?」
「お、おう……」
「確かにその通りね。あれはもう単なる"怪物"だわ……」
1回戦目は完勝したけど、アタシが6年の時は5年の時ほど投手の層が厚くなかったから、結局全国制覇は叶わなかった。
「ようやった!ようやったのう!」
「すごいじゃないか蜜溜!」
「ご褒美は何が良いかしら?」
「んー……じゃあ今度の旅行、兵庫に連れてって」
「兵庫に……?パンサーズ戦でも観たいのか?」
全国大会から帰ってきた後にアタシが向かった先は、日暮さんの母校である兵庫県尼崎市のとある高校。かつてここの卒業生の人達が日暮さんの功績を讃え、後輩の励みになるよう寄付金を募って建てたものらしい。像はあの帝覧試合で月島さんに対して投げてるところを造形したものらしい。よくわかってる。今はその高校は統廃合になって代わりに病院が建てられたけど、それでもあの像は病院の敷地内にまだある。
「日暮さん、本当にありがとうございました」
休日の部活に出てる高校生の視線もあったけど、もう本人には会えないから、せめてあの人の像にだけでも手を合わせておきたかった。
「うわ、あの子めっちゃスタイルええやん!」
「モデルか?芸能人か?」
「ヘイ彼女!どこ高の子?」
「どないしたん咲ちゃんの前で」
「俺らとカラオケ行かへん?」
「あ、自分小学生です」
「「「「「ファッ!?」」」」」
日暮さんのおかげで、髪を切って背が伸びまくってようやくあのコスプレじみた私服を卒業できたけど、逆に普通にランドセル背負ってるのがコスプレじみる見た目になってしまった。胸も無駄にでっかくなっちゃったけど、まぁなりゆきだから仕方ない。
日暮さんが示してくれた通り、野球は『投手と打者の勝負』こそ原点にして最大の醍醐味。月島さんのような良い打者がいてこそ投手も心が滾る。命が輝く。人間として生まれた意味が生じる。
"良い投手"とは"良い打者に勝てる投手"。『速い球』とか『エグい変化球』とかそんなのは単なる手段。むしろ"良い打者"がいてこそ、投手はそういう良い球を捻り出せるもの。生物は普段は楽をすることで効率良く命を繋ぐのを優先するんだから。『勝負』とは、命を燃やさなきゃ命を繋げないジレンマなんだから。




