第一話 月出里逢は私と出逢い、そして巣立ちを迎えた(3/4)
まずは最初の段階をクリアできた。
あの子を確保するのは苦労した。流石に私の権限を持ってしても、「球団の再建」という目標から言っても、あの子を無理に上位指名することはできないとわかってたから。だからあの子の情報はそもそも多く流れないようにしたし、逆に悪い部分が目立つようにも根回しした。スカウト部は今度労ってあげないと。
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時を遡り、数週間前。私は球団の代表者として、ドラフト指名選手を選考する会議に参加した。
「オーナー殿。チームの現状から考えますとこの辺りが今必要な人材であると考えますが、どう思われますかな?」
立場を弁えてること自体を主張するように仰々しくお伺いを立てるこの小柄なおじいさんは柳道風。今年からバニーズの一軍監督。おとなしそうに見えるけど、実績ありありの名将。本来ならもう監督をやるような歳じゃないけど、どうにか口説き落とした。
「ええ。現状の最優先課題は『投手陣の整備』と『打線の長打力の強化』、そして『伊達の後を継げる正捕手の確保』。1位候補の雨田は競合が予想されますが、ウチには多くない速球派右腕。同じ投手経験者の私から見ても、いわゆる高校BIG5の中で最も将来性を感じます。そして2位候補の……」
忠誠に報いるように肯定してみせる。実際、首脳陣の人選にこれといった突っ込みどころはない。流石にプロの世界で現役選手もしくは指導者として実績を積んできた連中だけある。
「というわけで、今回リストアップされた選手達で概ね問題はないかと思います。あとはシミュレーションを重ねて、より細かく優先順位を明確化していければと言ったところですね。……ですが、1点だけよろしいでしょうか?」
「ん?何ですかな?」
「今回のリストアップ。あくまで印象なのですが、現状の課題の中でも特に『投手陣』を重視しているように思いました」
「ええ、そうですよ。比較的クリアしやすい課題ですし。ある程度補強されてからなら話は変わってきますが、再建は上位指名で投手、下位指名で実績はなくともポテンシャルの高そうな野手をとにかくかき集めるのがベターですよ」
投手コーチが良い具合に口を挟んでくれた。
「でしたら、私の方からも下位指名候補の野手を1人推薦したいのですがよろしいでしょうか?」
「ほう……ひょっとして、過去にオーナー殿が直に対戦された者ですかな?」
「お察しの通りです。全国的に無名の選手ですが、皆様から見ても一考の余地のある逸材だと思います」
そう言って、スクリーンに1人の少女を映し出した。オレンジでウェーブのかかったセミロングヘアの右サイドに、大きな蝶のようなリボン。目が大きくて幼く見えるけど整った顔立ちで、身長は高くないけどその割に手足がすらりと長い。こんな風にユニフォームを着てなければ大体の人が多分モデルか何かだと思うはず。今年のドラフト会議でプレー映像どころか顔写真すら報道されないまま不明だったその姿を、ウチの首脳陣だけが知ることとなった。
「彼女の名前は月出里逢。埼玉の公立強豪校、水無月高で1年秋からレギュラーショートを務めてました」
「ほっほう、これはまた随分と美少女ですなぁ……ですがここ最近、ネットなどで我が球団の一部の選手が『顔だけ枠』などと言われてますからなぁ」
若い頃は相当な遊び人で知られてた柳監督だけど、やっぱり選手を見る目は厳しい。だけど、それで良い。だからこそ、この男を監督に選んだ。日本人メジャーリーガーの投手・野手それぞれのトップを大成させたこの世紀の仕掛け人を。
「今から映像含め資料を共有いたします」
そう言って、まずは1組の書類を全員に回した。
「こちらは彼女の簡単な経歴をまとめたものと、今年最後に野球部で体力テストを行った際の記録となっています」
「ふむ……メインポジションはショートだが、内野は全ポジション経験あり。右投げ右打ち。ご両親は元格闘家ではあるが本人は野球一本。身体はやはりプロとしては小柄な部類ですな」
「うーん……確かにセカンドはまだ薄いけど、肝心のショートはもう相沢がいるしなぁ。ファーストサードも替えが欲しいが、やっぱりその辺は打つ方を要求したいし……」
やはりここまでの反応は芳しくない。ウチではどうにも需要がないように見えるのも無理はない。ここまでは。
「えーっと、50m走が5秒9。遠投は120m。この辺は大したもんだな。後は……」
「……え?握力右125kg左116kg?ベンチプレス……230kg?背筋力380kg……?肺活量8400cc、垂直跳び114cm、スイングスピード……159km/h……!!?」
「な……」
首脳陣が一様に絶句した。私も正直最初は驚いた。はっきり言ってメジャーリーガーどころかオリンピックの金メダリスト級。まぁ本当はこの身体能力すらも付加価値程度のものに過ぎないんだけど。
「ふむ……これはまたとんだ掘り出し物ですな。ですがいくら豊作の年とは言え、これだけのカタログスペックを持つ者が今まで埋もれていたのは不思議ですなぁ……」
「その辺りは映像資料をご覧になれば概ね理解できるかと思います」
スクリーンに彼女の打席でのプレーを映し出した。高校生ではおおよそ考えられないようなスイングスピードだけど、結果は平凡なショートゴロ。続く映像も同じようなものばかり。
「なるほどな……こりゃ酷い」
「フォームがまるでなってないな。体重移動がぎこちなくて、下半身と上半身の動きが全然連動してない」
「高校通算成績は打率.200、本塁打1本、出塁率.333、長打率.238……根本的に野球センスがなくてフィジカルだけでやってきたのか……」
「これはどう見てもやるスポーツを間違えたとしか思えませんね」
とんでもない。彼女は単に才能がありすぎるだけ。……と言いたいけど、今は隠しておいた方が無難。
その為にも、代わりに守備走塁の映像を流す。
「こちらはなかなかですなぁ。まだ多少素人味が残ってるものの、やはりこれだけのフィジカルを備えてるだけあって、守備に関しては十分期待できそうですな」
「走る方もちょっとフォームが気になるが、それ以外は特に手をつけなきゃいかん部分はないな」
「ポジティブに考えれば、少なくとも守備走塁という最低限の保証はあるんだから、下位指名で打つ方を一か八か磨かせるのは悪くない選択肢だと思うな」
上手く話が進んだ。首脳陣の反応は概ね前向き。入団さえさせてしまえばこっちのもの。
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