第六十四話 ハンデ・オア・ギフト(1/6)
******視点:妃房蜜溜******
「ホームいけるぞ!突っ込め!」
「セーフ!」
「よっしゃ!8点目!」
「いやぁ……今日正直さ、妃房が投げるって聞いて無理だと思ったわwww」
「ストレート全然走ってねーし、打っても2タコ、むしろ楽勝だよなwww」
「噂はほんとだったみたいね」
「噂?」
「古谷ホーネッツって先月に北陸代表で全国行ったでしょ?で、関西のチームに1回戦でコールド喰らったって」
「ああ、それは知ってるけど……」
「んで、ご覧の通り妃房がスランプと?」
「そういうことね」
「まぁ何にしても、これなら秋の県大会はもらったな」
「小千谷で最強はやっぱり南小だってことを証明しねぇとな」
初めての全国大会から1ヶ月。あれから秋の大会に向けて何度か市内のチームと練習試合を重ねてるけど、前までみたいなパフォーマンスが全然発揮できない。身体が全力でプレーするのを全力で阻止してるような、そんな感覚。
「監督ー、ピッチャーはハヅキとカケルメインで良いんじゃないですか?」
「ううむ……」
(私もそうしたいところなんだが、ウチのチームの運営は妃房の爺さんの出資でかなり助かってるからなぁ……前までの懐事情だと全国どころか北陸大会の移動費すら危うかったかもしれんし。だから妃房を酷使は論外としても逆に干すわけにもいかないんだよなぁ……)
(……なんてこと、監督のことだから考えてんだろうなー……)
チームのみんなが言ってることは尤もだった。北陸代表になれたのはアタシ1人だけの力じゃ決してない。アタシが打って投げて勝つことでよりハイレベルな大会に出る機会は作れたかもしれないけど、そこでそこ相応の実力を身に付けられたのはみんなの努力が身を結んだ結果。おじいちゃんや親戚の人達の支援で遠征の機会が増えたのも多分大きい。
それに、そもそも小学生の野球は高校野球とかと違って1人のエースを潰す覚悟で勝ち上がるような類の戦法は絶対にできない。球数とか登板間隔とかが厳しく制限されてるからね。全国に行けたということは、アタシが投げない日を埋め合わせられる投手がちゃんといるということ。6年のハヅキさんとかカケルさんとか。6年はもうすぐ引退だから、あの2人に任せたいってのは尚更妥当な意見。
アタシだって自分が監督なら迷わずそうしてたはず……おじいちゃんのことがなければ、ね。
「すみません、監督。アタシはこれで……」
「お、おう。今日はお疲れだったな。登板日なんだから帰ってからちゃんと身体を休めろよ?」
「はい……」
「……"小千谷の天才左腕"ももう終わりかねぇ?」
「やめなよソウタ!」
「まぁ俺らがこうやって勝てるようになったのも妃房のおかげだしな。先発降ろされてもそこは認めてるよ」
「だけどあの子が実力でエースになれたのなら、あたし達もそうじゃなきゃ不公平……ですよね?」
「……そうだな。先発はお前ら2人をメインで回すか。妃房は主にリリーフってことで」
「妃房さん、あの身体だと無理はできないですしね……」
ヒソヒソと聞こえる声を背に、アタシは黙って家に帰った。
「ふぅ……」
シャワーを浴びて、部屋着に着替えて、ベッドに寝そべる。部屋着さえも無駄にフリフリしてるけど、流石に汗と土が染みたユニフォームを着直すよりはマシ。
姿勢は大の字で、無駄に長い髪も家の中では解いてるからベッドに無数の束で投げ出されて。身体のあらゆる部分をマットレスに預けて、白い天井を見つめる。不思議と現実感がなくて、今見つめてる天井が鏡になってアタシを映し出してるような感覚。アタシから見ても、アタシは特別変わった子には見えない。身体の内側はほとんどの人と違うのに。
普通じゃない部分は今まで散々周りが埋め合わせてきてくれたけど、やっぱりアタシは他の人と違う。生まれはどうやったって覆せない。"温室育ちのお嬢様"、というよりは、"温室でしかまともに生きられないお嬢様"。
「う゛……う゛う゛……」
怖い。怖い。怖い。
あの日、負けた悔しさをありったけの涙で全部洗い流した後は、恐怖しか残ってなかった。アタシはどこまでも臆病だった。あの頃のスランプだって、きっと自分の限界をまた見るのが怖かったから。そしてそんな半端者の限界を超えるための努力だって、死ぬのが怖くてできなかった。
いっそ野球がド下手だった方が良かった。中途半端に上手くなければこんな気持ちにもならなかったのに。勉強とか料理とか、身体のことを気にしなくても夢中になれるものが他に見つけられたかもしれないのに。
だけど、野球を諦めるのも怖かった。『ケンタの打者としての可能性』。その価値は具体的にはわからないけど、それでも対価を払ったのは確かなんだから。子供巫女のおかげで無事に野球をしてこれたのなら、ヨーコだって犠牲にしてるんだから。アタシの意思で今までを無かったことにすることさえ怖かった。
大胆に開け広げてた身体を縮めて、身を震わせ涙する。そうすると余計に鼓動を感じてしまうのに。ありもしないはずの場所からの鼓動を。




