第六十三話 女王蜂(6/6)
「おお、今年も蜜溜ちゃんなんじゃな」
「今年でもう4年連続か……」
「まぁ納得の人選だべ。おかげであれから毎年豊作なんだからな」
小学5年の夏。この年もおじいちゃんの影響力は健在。
はっきり言ってアタシは迷信の類は信じない方だし、こうやって子供巫女をするたびに自分の立ち位置を再認識してしまうから、踊る時はいつもおにぎりのことだけ考えるようにしてた。地元のお米は世界で一番美味しいものだから、いつまでも豊作であって欲しいという気持ちはあるしね。今でも試合中、投球が上手くいきすぎてたりする時はそんな感じ。
「4番ピッチャー、妃房くん。背番号1」
「ライト!……ッ!?」
「「「いよっしゃあああああ!!!入った!!!!!」」」
「何なんだよアイツ……」
「高学年なったばっかだろ……」
『チームに入ってすぐにエース』とは言ったけど、あくまで低学年・中学年の部まで限定。それまではせいぜい県内までの小さい大会にしか出れなかったけど、高学年に入ってからはチーム全体でのエースになって、全国を目指すようになった。あの頃は純粋に野球に打ち込んでたから、打つ方でも主軸を買って出て、ひとまずチームを北陸代表にまで導くことができた。
「妃房、本当に……本当にありがとう!地元の大会ですらまともに勝てなかったウチがついにここまで……!!」
「監督……」
「おいおい、監督。俺らだって頑張ったんだぜ!?」
「す、すまない……」
「うん。ここまで来れたのはみんなが頑張ったから。ここまで来たら帝国一獲っちゃおうよ」
「「「「「おう!!!!!」」」」」
アタシの言葉をみんながこうやって返してくれる。最初はともかく、今のこのチームはアタシが自分の力で作った巣。もうアタシは誰かに祭り上げられた"女王蜂"なんかじゃない。そう確信させてくれた。
「おっ、蜜溜!これ見ろ!」
「え……?」
『小千谷が生んだ天才左腕・妃房蜜溜、快投。古谷ホーネッツ、北陸代表として初の全国へ』
お父さんが読んでた地元の新聞の片隅にアタシの名前。
「ね、ねぇアレって……」
「ああ、確か蜜溜の……」
「…………」
『祝・古谷ホーネッツ、帝国少年少女硬式野球連盟ジュニア選手権大会出場。本校出場選手、5年B組・妃房蜜溜……』
小学校の校舎にもでっかい横断幕。下の方にウチの学校から出る選手の名前。その一番最初がアタシ。
「妃房さん妃房さん!ほら、アレ……」
「あら……」
「蜜溜ちゃんすごいわね!おばちゃんも応援してるわよ!」
休日に家族でショッピングモールに出かけると、そこにも同じような横断幕。
多分おじいちゃんがはっちゃけて色んなところに宣伝して回ったんだと思うけど、この時はいつものように何か思うところもなく純粋に嬉しかった。生まれて初めて自分だけの力で何かを成し遂げられたような気がしてて誇らしかったから。ようやく"人間"として生きているような気がしたから。
「おおっ!見ろよ見ろよ!何か金ピカの魚がいるぞ!」
「シャチホコだよ」
「ってことはこの辺が名古屋かぁ」
「サラマンダーズの本拠地だよな?」
「天むすってのが美味いらしいぞ」
「まぁ具で色々工夫しようが、新潟のお米で作るシンプルなおにぎりが最強だよ」
「蜜溜、また食ってるのか……」
全国大会の開催地である関西へ向かう道中、新幹線に乗って、お母さんが用意してくれたおにぎりを頬張りながら景色を眺める。関西どころか、北陸から出たのもこの時が初めて。
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『ストライク!バッターアウト!』
『三振ッ!古谷ホーネッツ、初出場で全国制覇!』
『すげぇ!新潟にあんな化け物がいたのか!?』
『Oh、やっぱり最近のジャパニーズピッチャーは逸材揃いデース!』
『最優秀選手はチームを優勝へと導いた5年生エースにして主砲、妃房蜜溜さんです!妃房さん、優勝おめでとうございます!』
『ありがとうございます!』
『妃房さん、やっぱり将来はプロを目指すのでしょうか?』
『はい!いつかはメジャーの舞台でも投げて、樹神さんや五宝さんとも勝負してみたいです!』
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車窓ごしに見える常に見慣れない景色に、きっともうすぐやって来るであろう日を妄想して投影する。
「おーい蜜溜、何ニヤニヤしてんだよー?」
「ん〜?別にぃ〜?」
アタシも元々はそういう子だった。どこにでもいるちょっと野球が上手い子相応の功名心くらいは持ち合わせてた。
そんなふうに思い上がってしまうくらい、ここまでは本当に順調だった。ここまでは。
「帝国少年少女硬式野球連盟ジュニア選手権大会、北陸代表・古谷ホーネッツ対西関西代表・垂水ジュニアパンサーズ。後攻のホーネッツの先発は妃房蜜溜さん。5年生エースで最速97km/hの速球が武器の本格派左腕。打線でも4番を務めています!」
「身体の大きさは普通ですが、パワーのある選手ですね」
1回戦目から"帝国野球の本場"と言われる関西の強豪チームが相手。それでもアタシはどこの誰にも負けたりしないと、そう信じて疑ってなかった。それまでがそうだったから。
「レフト下がって……フェンスに当たった!」
「よっしゃ!回れ回れ!」
「セーフ!!!」
「ヒューッ!走者一掃!」
「楽勝楽勝!」
「「「「「…………」」」」」
だけどアタシはようやく夢から醒めた。今となっては良い意味で。あの頃にとっては最高に悪い意味で。
「ストライク!バッターアウト!」
「三球三振!インハイ113km/h!エース古垣翔磨くん、圧巻のピッチング!」
「流石はあの三条菫子のライバル、帝国代表ですねぇ」
「そ、そんな……」
「蜜溜でも全くダメなのかよ……!?」
「ゲームセット!12-1!!西関西代表・垂水ジュニアパンサーズ、4回コールドで2回戦進出ッ!!!」
「ハハハハハ!まぁ初戦はこんなもんやな!」
「左にしちゃ速い方やけど、あれくらいむしろ打ち頃やんな」
「ぶっちゃけ県大会の方がキツかったやろ」
「それでもウチら神戸が兵庫で最強に決まってるやん。尼崎なんて嚆矢園があるだけやん」
「あはははは!そらそうやね!」
「監督ー、打ち上げはマ■ドにせぇへん?」
「打ち上げやあらへん。反省会や」
完敗だった。地元じゃそうそう前に飛ばなかったアタシの速球を1番から9番まであっさり打ち返してきて。向こうも5年生エースだったけど、チームじゃ三冠王のアタシのバッティングが扇風機にしかならなくて。
向こうが体力温存のためにエースを早めに降ろした後に、エラー絡みの1点をもぎ取るので精一杯だった。それがあの時のアタシの身の程だった。
「う……うう……」
「妃房……」
「あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ……!!!!!」
野球だけじゃなく、他のスポーツでも勉強でも負け知らずだったアタシにとって、初めての挫折。泣いた。そりゃもう思いっきり泣いた。きっと一生分、負けた悔しさで泣いた。帰り道のバスの中でも、新幹線の中でも、ただひたすら泣き続けた。ようやく家に着いた頃でも、涙は枯れてなかった。
改めて思い知った。アタシはやっぱり"女王蜂"なんだって。地元という巣の中でしかその威光を振りかざせない、たかがそれっぽっちの存在なんだって。




