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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第六十三話 女王蜂(5/6)

「ああ〜〜やられたぁ〜〜……」

「あははははwwwコタロー運悪すぎwwwww」

「そろそろ他のソフトにすっか」

「んじゃ、これ……あ」


 あのお祭りから1ヶ月くらい。

 サッカーを始めたケンタだったけど、別に毎日練習ってわけじゃない。夏休みの真っ最中だったし、たまにはこうやってコタローんちで集まって前までみたいにゲームをしたりする時間もある。

 だけど、その時手に取ったのは野球ゲーム……


「じゃ、じゃなくてこっち……うえっ!?」


 慌てて別のゲームに手を伸ばそうとする手を握って止めた。


「み、みっちゃん……なかなか大胆だね……」

「え……?そういうことなのか……?」

「え……ええ……?」

「……ケンタ」

「お、おう!ま、まぁ俺も実は……」

「アタシと野球しない?」

「「「……は?」」」


 あのお祭りの日から経てば経つほど、アタシがずっと抱えてた不満みたいなものが具体的にどういうもので、どう不満なのかが見えてきて、それでますます今の人間として『生きてない』アタシが嫌になって。そしてケンタの本音が見えて、思わず口にしてしまった。

 地元の野球チームに入る。当然、アタシじゃなくても子供なら自分一人の意思じゃ決められないこと。


「……蜜溜(みつる)、考え直さないか?」

「やる。絶対やる。ケンタと一緒にやる」

「でも……」


 元々好きな遊びの一つ。興味はもちろんあった。でもそれ以上に、アタシはアタシの意思でアタシの何かを動かしたかった。


「良いじゃん、やらせてやんなよ」

満溜(みちる)……!貴女、この子の身体のことがわかって「わかってるからこそ、やりたいことやらせてあげるべきじゃないの?」

「「…………」」

「最近お父さんもお母さんもおじいちゃんも、蜜溜のことお人形扱いしすぎ。やりたいことも償いたいこともできないままじゃ、後々どう転んだって後悔しかないよ」

「……父さん次第だな」


 夏休み、リビングで宿題をやってたお姉ちゃんのおかげで、お父さんとお母さんはどうにか折れてくれた。けど、やっぱりお父さんは根は気弱な人。


「蜜溜がそこまで言うのなら止められんのう……」

「……!ありが「ただし、いくつか約束してくれ」

「約束……?」

「1つは、先月の子供巫女。あれは小学生までが対象じゃが、可能な限り毎年やること。それと、他にも安全のためにいくらか口出しさせてもらう。練習時間や環境などでな」

「……うん」

「ワシもかつては学生野球に打ち込んどった。だから蜜溜もやってくれること自体は嬉しくないわけではない。だが野球というスポーツに危うい部分があるのも知っておる」


 面倒ごとを押し付けられちゃったけど、それでもおじいちゃんは意外と簡単に折れてくれた。


「蜜溜ちゃん……」

「あ、おじさん」

「ありがとな、ほんとにありがとな……!」


 ケンタがサッカーチームから野球チームに移ってからケンタのお父さんに会った時に、泣いて感謝された。あの時みたいに、大きな身体を縮めて、アタシの目線に合わせて。

 ヨーコはもうお母さんと一緒に帝都に行っちゃったけど、ケンタはまだいる。せめてケンタにだけでも償いたかった。


「ストライク!バッターアウト!」


 償いたかったのに……


「あっちゃあ……まーた三振かよ……」

「下手な高学年よりデケェのに……」

「良かった、あれならレギュラー取られなさそうで」

「それよりやっぱ妃房(きぼう)だよ妃房」

「いきなり70km/hとか出してたからな……しかも左で」

「妃房がいれば南小の奴らにも勝てるぜ!」

「まぁまぁ、蜜溜さんは始めたてですし……」


 入ったのは近所の低学年チーム。始めたばかりのアタシとケンタは、もちろん最初はベンチ。

 まぁアタシは元々おじいちゃんの意向があったし、それがなくても身体ができてない小学生低学年がきちんとした投げ方をロクに知らないまま試合に出るわけにはいかないからね。

 だけどケンタの場合は……


「い……良いスイングだったよケンタ!もう少し慣れてくればきっと「無理だよ」

「……!」

「お前だってわかるだろ?いくらお前がまだ試合に出れないって言っても、このチームにお前以上の球投げれる奴いるかよ?前までだったら、きっと俺だって打ててたよ」

「…………」

「けど、無理なんだよ。打席に立つと、あん時のこと思い出しちまって。もう入って2ヶ月以上してるのに、全然忘れられねぇ……」

「……ごめん」

「謝んなよ……謝んじゃねーよ……!」


 結局ケンタはサッカーチームに戻った。ケンタの傷を癒すどころか、ケンタの傷をまた抉ることになってしまった。


「ストライク!バッターアウト!」

「ナイピー!」

「流石はウチのエースだぜ!」


 その反面、試合で投げられるようになってすぐにアタシはチームのエースになった。正直、これに関してはおじいちゃんへの忖度(そんたく)はなかったはず。でも、逆にそれで余計にケンタに申し訳なくて。


「よ、よう……」

「うん……」

「ねぇねぇ!ようやく猫がウチに来てくれたよ!」

「マジか!?サエんちもか!見に行っても良いか!!?」

「もちろん!みっちゃんとケンタは!?」

「あ……アタシはちょっと練習があるから……」

「「「…………」」」


 もうアタシにできる償いは、『距離を取る』だけだった。ケンタに対してだけじゃなくコタローとサエのためにも。アタシはあのお祭りで"神様の使い"になれたんだとしても、それは"疫病神"のだと思うから。きっとまた同じように迷惑をかけてしまうから。

 アタシだけが輪から外れる。あのお祭りの日の大人達を(わら)う資格もない自己満足でしかないけど、これがアタシの精一杯だった。精一杯の配慮と自戒だった。


「表彰状。小千谷市少年少女野球大会、小学生低学年の部。優勝、古谷ホーネッツ。あなた方は……」

「おおおおお……蜜溜、よう頑張った、よう頑張ったのう……!」

「初優勝……!苦節15年、ようやく……!」


 おじいちゃんや監督がおいおいと泣くのが聞こえる中で、アタシはチームを代表して表彰状を受け取った。それくらい、野球を始めて最初の方は順調そのものだった。

 そして人間、現金なもので、やっぱりどんなことでも上手くいくと楽しくもなる。アタシの目的は人間として『生きている』ことであって、野球は流れで選ばれた手段。それでも寂しさを埋め合わせるためにも、アタシは野球に打ち込んだ。今のアタシとは違って、純粋に競技を楽しむ感覚で。

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