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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第六十三話 女王蜂(2/6)

「おう蜜溜(みつる)。俺にはいつも通り頼むぜ」

「ん、わかった」

「ケンタ、今日こそちゃんと当ててくれよ……」

「おうよ!」


 この頃は投手を譲られてるような雰囲気にどことなく申し訳なさがあったし、今と違って勝負には全然こだわってなかったから、他の子には適度に打てるように手加減してた。

 本気を出してたのはケンタ相手の時だけ。『ジェネラルズの4番になりたい』って言ってただけあって、野球のことに関してはあの頃のアタシなんかよりもよっぽど熱くなってた。


「く、くっそぉ……」

「ケンタ、そろそろ諦めなよ……」

「まだだ!もう1球来い!!」


 ……きっとただの思い出補正なんだろうけど、ケンタは筋も良かった。大人になった今では地元で会社勤めしながら実家の田んぼをやってるけど、身体は今のアタシに見劣りしないくらい大きくなったし、もしかしたらアタシ好みの良い打者になれた未来もあったのかもしれない。


「!!?」

「み、みっちゃん!?」

「おい!大丈夫か!?」

「あ……あああああ……」


 全力で振って空振りした棒がケンタの手からすっぽ抜けて、アタシの腕にぶつかった。コタローとサエが心配してすぐ駆けつけてきてくれて、当のケンタはその場にへたり込んじゃったけど、何だかんだで子供の力。ちょっとささくれてたところが皮膚に刺さって少し血が出た程度で済んだ。


 だけどケンタは、その程度じゃ済まなかった。


「申し訳ございません!ウチのバカが本当に申し訳ございません!!」

「ごめ゛んな゛さい゛……ごめ゛んな゛さい゛……!」


 夕方頃のウチの玄関先。ケンタのお父さんとケンタが何度も頭を下げる。ケンタのお父さんも身体が大きくて普段は結構怖そうな感じなんだけど、その時は本当に今にも土下座せんばかりの勢いで身体を縮こませてた。

 逆にウチのお父さんは普段は本当にどこにでもいそうな気の弱いおじさんなんだけど、この時だけは本当に怖かった。頭を下げ続けるケンタ達を、腕を組んでただじっと睨むばかりで。


「……蜜溜。こっちに来なさい」

「う、うん……」


 当事者のアタシもしばらくはそこにいてケンタ達の謝罪を受け容れてたけど、まだまだお父さんの気が収まらなさそうなのを察して、途中でお姉ちゃんがアタシを部屋に引っ込めた。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」

「お姉ちゃんがアタシくらいの時も、あんなふうにお父さんって怒ってたの?」

「……そう思う?」


 その答えで何となくどっちなのかはわかって、首を横に振った。


「仕方ないのよ。蜜溜とワタシは違うわ。ワタシと違って蜜溜は大きな怪我や病気をしたら本当に大変なのよ?病院自体この辺は少ないし、蜜溜みたいな人を診られるかどうかだってわからないんだから」

「……うん」

「何かと窮屈なのはわかるけど、それだけお父さんとお母さんもみんな、蜜溜が大事なの。その辺はわかってね」

「お姉ちゃんも?」

「もちろんよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、近所のみんなもよ」


 そう言われると、首を縦に振るしかない。

 もちろん、その気持ちは嬉しいけど、それでもやっぱりお姉ちゃんが言う通り窮屈だった。こんな気持ちになるくらいなら、みんなと同じように『普通』に生まれたかった。隣の芝生が何とやらなだけかもしれないけど、何をやるのかはジャンケンで決めたり、悪さをしたら一緒に怒られたり、そんな『普通』の友達同士というものが羨ましくてしょうがなかった。

 だけどそれでも周りに従うしかなかった。アタシだってやっぱり怖かったんだしね。生物にとっては誰しもが完全には実感したことがない『死』が。

 『死』なんてものは生物の誰しもがいつかは必ず味わうものだけど、実際そうなったら自分はどうなるのかなんて誰にもわからないんだから普段は気にもしないこと。自分で自分の『何も感じない、何も考えられない』状態なんて認識しようがないし、最近の流行りみたいに記憶を維持したまま異世界に転生したりするのかもしれないし、少なくとも今生きてる限りは答えなんて出しようがない。確実に言えるのは、今の自分としてこの世界にはもういられなくなるということだけ。

 アタシだってあの頃はまだまだ幼くて今以上にどんなものなのかは想像し得なかったけど、それでも他の人達よりもずっと身近なものなのは確かなんだから、嫌でも意識せざるを得なかった。


「失礼しました……」


 ようやく折り合いが付いてケンタ達が帰っていくのをこっそりと見送りながら、お姉ちゃんの部屋からアタシの部屋に戻った。


「おじいちゃん!」

「おお、よう来たのう!」

「お茶をお持ちしますね」


 次の日の日曜日には家族揃って近くのおじいちゃんちへ。

 立場相応におじいちゃんちは大きい。この界隈じゃ一番大きい。時代劇でそのまま使えそうな門があって、そこをくぐり抜けても武家屋敷さながら。親戚筋の人だけどお手伝いさんもいる。一応おばあちゃんも住んでるんだけど、昔から旅行好きだから家を空けがちでその日も不在。

 何とも昔ながらなこの家はおじいちゃんのおじいちゃんの代から受け継いできたものらしくて、おじいちゃん自身はちょっと迷信深いところはあるけど、学生時代には野球でプロを目指してたような人。あの頃はアタシやお姉ちゃんと一緒にテレビゲームしたりするくらいの元気もあった。北陸の人らしく無難にジェネラルズファンで、世代も世代だからおじいちゃんの部屋には月島英雄(つきしまひでお)とか、高度成長期の頃の選手のバットやサインなんかがいっぱい飾ってある。


「昨日は大変だったのう。大丈夫だったか?」

「うん……」


 あの頃のアタシはおじいちゃんの膝の上に座って一緒に話すのが好きで、昔の面白い話とか色々聞かせてくれた。


「おじいちゃん、アタシみたいな人って他に会ったことがある?」

「……ないのう。蜜溜みたいな身体をしてる人というのは世界中におると聞くが、珍しいもんだからのう」

「ケンタ、アタシのせいで……」

「蜜溜は優しいのう。本当に」

「こんな身体だと、また誰かが怒られたりしないかな……?」

「…………」

「前ね、本で読んだんだよ。昔は生まれつき良くない何かがあったら、その場で『いなかったこと』にされちゃってたって」

「……蜜溜は賢いのう。悲しいことに」

「アタシももしかしたら……」


 右胸に手を当てる。やっぱりそこに鼓動がある。あってしまってる。

 そしてその頃から本で知ってたことが他にもあった。アタシみたいな身体で生まれた人は大人まで生きていられないことも珍しくないって。おじいちゃんがただ悲しむだけだろうから言わなかったけど。


「確かにワシより昔くらいの頃はそういうことがあった。だが今は良い時代になった。それに蜜溜のは見ただけではわからんだろ?蜜溜みたいな身体というのは本人が一生気づかんこともあるらしいぞ?ワシももしかしたら本当は友達の中におったのかもしれんが、気づかなかっただけなのかもしれん。何せワシの若い頃は今ほどお医者さんもすごくなかったからのう」

「…………」

「人間、誰しも良いところと悪いところがある。それがたまたま生まれつきであるかどうか、見ただけでわかるかどうかなど人それぞれ。大事なのは自分の悪いところで誰かに迷惑をかけないかを考えられるか、考えた上で何ができるか。蜜溜にはそういう気持ちがあるんだから大丈夫だ」

「……そうなのかな?」

「そうだとも。蜜溜がこうやってここにいられること。それだけで、ワシにとっちゃ世の中捨てたもんじゃないわい」

「……!」

「どうしたんだ?」

「ううん、何も……」


 今のでふと思い出した。この前買ってもらったばかりの図鑑のこと。

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