第六十二話 人間を超えたい獣(6/7)
******視点:保志勇人[EEGg帝都本社開発部部長]******
我らがシャークスの連敗脱出の次の日。休日出社の分を取り返して、今日は久々の出社。
「おはようございます」
「おう」
ウチは元来IT土方の集まり。SESでよそにお邪魔したり、リモートワークで事足りる部分も多いから、本社もこれまで経営状況とかに合わせて頻繁に帝都内をジプシーしてきた。エレベーターが何本もあるでかいオフィスビルのフロアをいくつか間借りしてると、自分とこの会社の人間よりもよその会社の人間の方が顔見知りになることも珍しくない。
「……あ、保志さん」
「!……よう」
だから、営業部の連中とも普段は顔を合わせずに済んでるんだが、役職持ちだとやっぱり関わり合いを避けられないこともある。例えばこういう重役会議。瀬高の若作り野郎も営業部のトップだから嫌でも鉢合わせる。
「いやぁ保志さん。シャークス、ようやく連敗脱出できましたねぇ」
「そうだな。お前のおかげでな」
「…………」
「蜜溜ちゃんから聞いたぜ?ありがとな」
「……意図したわけじゃないんですけどね」
「だろうな」
「『だろうな』、なんですね」
「お前と違ってな」
どうにか笑顔を保ってるが、それなりの付き合いだ。ばつが悪いのくらいはわかる。
コイツが蜜溜ちゃんを良い感じにキレさせてくれた。それで蜜溜ちゃんの闘志が他の連中に伝染った。それこそが連敗脱出の最大の要因。
まぁあのまま19連敗になっていようが、こうやって連敗脱出しようがどっちに転んでも話題性はあるからコイツとしては目的は果たせてるが、想定外だったのは間違いないだろう。誰よりもシャークスを商品として完成してると決めつけてるこの高慢ちきにとっちゃむしろ屈辱だろうさ。ざまぁみろ。
"人間"は地球上で一番賢い。飛び抜けて賢い。"生物"が有する『本能』というものを体系化し、精錬し、『常識』という広範的なルールに落とし込めるほど賢い。だから"生物"という大分類の下に、"人間"と"その他の動物"という傲慢な中分類を作ってしまえる。
だがその分、"人間"は理性の箍も一番強い。『常識』というドデカい枷のせいで、『遠慮』や『謙虚』、『羞恥心』といったものもどうしてもついて回る。
"人間"はそれぞれ生まれつき差異があり、そのせいで優劣があり、そして"人間"ならではの賢さを以て自分の実力の限界をある程度は認識することができる。なのにそのくせいっちょまえに『自尊心』を満たしたがる。『自分の出来不出来を他人に知られたくない、自分としても認めたくない』と、どうしても願ってしまう。白人至上主義とかと同じで、"人間"という上等なもんに分類されることで、どうしても劣等感と優越感を両方抱えてしまう。『山月記』で言うところの『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』のようにな。
だから、目の前の『生きる』ことに対して常に全力でいられる"その他の動物"と違って、"人間"は時として『生きる』ことに対してすら全力を出さない理由を求めることがある。ウサギはいよいよの時はライオンに噛み付く気概を見せるが、ヒトは綺麗事を宣って笑いながら死ぬことさえある。
"人間"は賢すぎるから、どんな時でも敗北主義に正当性を見出せてしまう。"生物"なのに『生まれ変わり』とか『転生』とか、そういう『死を介しての救い』を『単なる不確かな気休め』どころか『一大コンテンツ』にまで仕立て上げてしまう。生と死の優先順位さえ誤る点に関しては、"生物"としてまさに最大の欠陥と言う他ない。
野球はスポーツなんだから本来は『勝っても負けてもお互い笑い合い、称え合って』であるべきだが、残念ながらプロともなれば、ある程度は生存競争。ルールがきちんと整えられてはいるが、結局はカネが絡む以上、餌の奪い合い。生存本能と闘争本能も出していかなきゃやってられねぇ。"人間"として以前に、"生物"として、"獣"として臨むべきなんだよ。『"人間"として知性を以て』ではなく、『"獣"のくせに意地汚く"人間"の知性を利用して』くらいでちょうど良いんだよ。
蜜溜ちゃんは意識してるのかはわからねぇが、最低でも本能でそれを理解してる。時として"人間"ではなく"生物"、もっと言えば"人間を超えたい獣"になれるんだよ。翼生やしたりでもっと進化したくても二の足踏んでる謙虚な他の"人間"を嘲笑いながら超えていけるのさ。
そういう奴が勝負事で頂点獲ったり、人間社会に変革をもたらすことができるんだよ。『常識』を遵守できるのは"人間"の最も賢い部分であり、最も愚かな部分でもあるんだからな。
ウチの選手達はみんながみんなそんな蜜溜ちゃんみたいになんてなれなくても良い。蜜溜ちゃんがそうしていられるのは、本能がどうこう以前に、"人間"を超えうる才能が備わってるからこそな部分もあるだろうからな。それになれたらなれたで、それはそれで群れとして秩序が成り立たなくなる。だからできるだけ"人間"でいてくれたら良い。
だが、そんな蜜溜ちゃんが群れの一番前に立つことは許してやりな。蜜溜ちゃんが牙を剥いた時は、群れの一員として一緒にそうしてやりな。それがきっと、シャークスが頂点を獲るために一番必要なこと。
ウチはせっかくサメの名前を借りてるんだ。『牙を剥かないサメ』なんて、『ただの軟い魚』だろ?
******視点:瀬高御門[EEGg帝都本社営業部部長]******
専門卒の中年が策士気取りなんて、笑わせてくれますね。
まぁ負け続けたら負け続けたで相応の売り方がありましたし、このまま巻き返して例年通り中途半端に勝ってくれてもそれはそれで事業が安定するので十分ですよ。
何十年も前にパンサーズの重役が優勝争いの最中に当時のチームのエースに対し『2位になること』を要求したという話を聞きますが、まさに賢いやり方ですね。年俸を抑えつつファンの需要に一定以上応える。時代を先取りした慧眼の持ち主だったと思います。
ウチはここ数年、特に工夫せずともそれくらいで落ち着いてくれてるので助かります。買収間もない頃の最下位常連や、逆に常勝軍団になってくれるよりも、今くらいが一番都合が良いですよ。
プロ野球など、どこまで行っても結局は興行。競技そのものを進化させたいのならメジャーでやれば良いだけの話。人種の違いによる平均的な身体能力の格差、データ収集と分析、経済規模など、どこを取っても競技レベルでJPBがメジャーに勝つことなど、少なくとも向こう数十年はありえない話なんですから。もっと言えば我々の経済力などJPB内でもせいぜい平均程度。同じIT企業であってもCODEグループやオプティグループの足元にも及びません。そんな状況で馬鹿正直に『勝つこと』を主な提供サービスに据えるなどあまりにもリスキーな話。本社だけでも4桁の従業員を抱える企業には到底許されない博打です。
ですが、『ただの客商売』でなら勝負できます。球場の容積などどこも大差ないですし、集客だけならものを言うのは経営元の財布よりも、本拠地の所在地の人口や交通機関とのアクセスなどの地政学的な背景。人口では流石に帝都には及びませんが、客席を埋めるには横浜・横須賀で十分。
ただでさえ帝国経済は衰退の一途。名誉を買える余裕などこれから先どんどん細っていくのは明白。生き残って笑っていられるのは、そういう現実に折り合いをつけられる者のみです。
帝国にこんな悲しい時代をもたらした最大の要因とも言える"下請けの下請け"のような零細から、帝都のオフィスビルの複数フロアを占められる程の元手を稼ぎ、地盤を固めてくださった開発部の皆さんには、相応の敬意を抱いてますよ。それを主導してきた保志さんなど尚更です。そこまでにのし上がるためには信頼に足る確かな技術力が何よりも必要であったことは、宣伝屋の私でさえも認めるところです。
ですが、技術だけではせいぜいこの辺りで頭打ちです。ここから先はお金でお金を買う段階です。真心込めて作った商品をお客様に相応の値段で誠実に売り込むよりも、相応以上、もしくは恒久的に商品を買い続けてくださるお客様をお金で買う段階なのです。
CODEを例に挙げると、最近始めた電子決済関係の事業が好例です。経営戦略はメインのCODEや最近球界で導入されたHIVEと全く同じ。そのシステムの出来の良し悪しよりも、潤沢な初期投資を以てシェアを独占することで戦略的な勝利を目指しているのです。そこいらの零細には逆立ちしたって真似できず、またほとんど対処のしようもない王道の必勝法です。有象無象では最後に勝てると分かっていても最初の大損に耐えることができませんし、たとえサービスの品質などで差別化できるとしても圧倒的なシェアを覆せるほどの発信力もありませんからね。
ほとんどの一般の方はアプリの出来なんてせいぜいUIの便利不便程度しか見てませんし、それさえも『みんなも使ってる』とか『コスパと言う名のコスト』とか『全額キャッシュバック』とか、そういう目の前のニンジンより優先順位は下。情報漏洩などのセキュリティリスクなんかも言うまでもありません。そこのところを、CODEの梅谷本慈会長は理解しているのです。それこそが帝国が興隆し、また衰退した理由の一つだということを理解しているのです。
あの人はよく"帝国一"だの"世界一"だのと大言を掲げていますが、あの人の本質は"帝国の最新を担うリーダー"とか"真の祖国に殉ずる孝行息子"とかそんな大仰なものではなく、"ただの商売人"。そこを見誤っていては、それこそCODEを超えるなど夢のまた夢です。その点では保志さんよりむしろ私の方が真摯に向き合えてると信じてますし、いつも連れてるあの白いワンちゃんも、その点でそこいらの人達よりよほど賢いと言えるかもしれませんね。
我々EEGgはCODEの真似事ができる程度にはなれたのです。だから、シャークスもまたこのまま"扱いやすい商品"でいてくれれば、それで十分なんですよ。
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