第八話 あたし、頑張るよ(4/5)
******視点:秋崎佳子******
全体練習後に、もう練習上がりで特に予定がない、もしくは一旦休憩のメンバーでエントランスに集まって簡単な交流会を開いた。
「有川さん、カメラ代わりましょうか?」
「ええ!?い、いえいえ、ワタクシメはこうやって皆さんの御姿を撮れるだけで満足ですので……でゅふふ……」
「もー、遠慮しなくて良いんですよ」
「ほわっ!!?」
有川さんと肩を組んで、スマホで自撮り。うん、よく撮れてる。
「有川さんもbPhoneですよね?共有しますね」
「あ、ありがとうございます……でゅ、でゅふふ……」
(めっちゃ柔らかくて良い匂い……)
こうやって話が弾んでるおかげで気づかなかったけど、話しながら近くの自販機で買ったドリンクを何度か傾けてると、いつの間にか飲みきってた。
「ありゃ、もう飲み物切れちゃった?」
何気なく空になった缶の口を見てると、天野さんが声をかけてくれた。
「そうみたいです。ちょっと買ってきますね。他に切らしてる人いますか?」
「おっ、気が利くねぇ佳子ちゃんは。それじゃあ良い子の佳子ちゃんにはぼくが奢ってあげよう。ただし……」
そう言うと、天野さんはテーブルに右肘をついて、手を開いてこっちを見てニヤリと笑った。
「ぼくに勝ったらね」
「またですか、天野さん……」
松村さんも呆れたように笑ってる。つまりは腕相撲で勝ったらってことだよね?
「はい!受けて立ちます!」
「ノリが良いなぁ佳子……天野さん、見るからに強そうだぞ?」
神楽ちゃんの言う通り、天野さんは神楽ちゃんよりも背が高くて、首より上は童顔で可愛いのに、首から下はものすごい筋肉質。だけどそれでも、わたしもパワーには自信があるし、"将来の4番候補"だって言う天野さんがどれくらいなのか興味がある。
「あ、秋崎ちゃん……やめといた方が……」
(その人、もはやゴリラやから……)
「でゅ……でゅふふ……やるんだったら覚悟した方が良いですよ……?」
冬島さんと有川さんが青ざめた顔してる。もしかして、もう対戦済み?
「よし、それじゃあレフェリーは僕がやろう」
ソファの前のガラステーブルには、いつの間にか柔らかいマットが敷かれてた。低いテーブルだからカーペットに膝を付いて、天野さんと向かい合って右手を握り合い、レフェリーを買って出た伊達さんがさらに手を乗せた。
「レディ〜GO!」
伊達さんのコールに合わせて、一気に力を込める。だけど……
「うう……ッ」
「お、これはなかなか……」
開始まもなくはどうにか拮抗してたけど、天野さんの右腕が少しずつ、わたしの右腕を倒していく。
「天野くんの勝ち!」
「ほ、ほんとに強いですね……」
「いやぁ、佳子ちゃんも想像以上だね。こんな細いのに、幸貴くんとかリリィちゃんより強かったかも?」
「まぁ、相手が悪かったですね……天野さん、ベンチプレスで150kg持ち上げるような人ですから……」
「単純な筋力だけなら間違いなくバニーズでNo.1でしょうからねぇ」
負けたのは確かに悔しいけど、周りは盛り上がってるし、いっか。
「せっかくだから、神楽ちゃんもやる?左でいいよ?」
「いや、遠慮しとくっす……見ての通り自分、神社育ちの貧弱なお嬢ちゃんなんで……」
「うーん、残念。じゃあ逢ちゃんは?」
「ん、良いですよ」
あ、そっか。逢ちゃんならもしかしたら……
逢ちゃんは右腕の方だけ腕まくりして、天野さんの右手を軽く握った。
「うーん、細いですねぇ」
「というかそもそも腕の長さからして不利やなぁ……」
「確かにスイングは速いんですけど、火織さんみたいなパターンもありますからねぇ」
まだ準備してる段階だけど、明らかに体格差のある2人だから、もう天野さんが勝つと決まったような雰囲気。だけどわたしと神楽ちゃんだけは、ちょっと違う。
「あ、せっかくだからこの勝負、ジュース10本賭けません?」
「良いよ。元々ぼくの奢りが前提だし、ぼくが勝っても逢ちゃんは9本で良いからね?」
「ありがとうございます!」
「じゃあいくよ〜……レディ〜GO!」
「「「「「「「「……は?」」」」」」」」
一瞬だった。伊達さんがコールして手を離した瞬間、天野さんは身体ごと倒されてた。
「す、月出里くんの勝ち……」
(100kg近い天野さんの身体が一瞬でひっくり返った……)
(っていうか左手添えてたテーブルの端っこにヒビが……)
(あのちびっ子、とんでもねぇゴリラや……)
あまりにも予想外で一方的な展開のせいで、周りは言葉を失ってた。
「あ、逢ちゃん……今の、ちょっと早かったんじゃない……?」
引きつった笑顔で、テーブルを支えに身体を起こす天野さん。
「う、うーん……どうだろうねぇ……」
レフェリーの伊達さんが困ってるけど、明らかにフライングってことはなかったと思う。
「す、すみません……疑わしいことしちゃって。もしかしたらそうかもしれませんね……じゃあもう1回やりましょうか?50本賭けて」
「……天野くん、こう言ってるけどどうする?」
「やります!やらせてください!!」
逢ちゃん、すごく申し訳なさそうな顔で身体をクネクネさせながら再戦を申し込んでるけど、サラッと本数5倍にしてる……
「佳子ちゃん、これ持ってて」
「天野さん……」
いつになくシリアスな顔で、トレードマークの赤いリストバンドを外してわたしに預けてきた。特に何の変哲もない、ただのリストバンドだねこれ。
「それじゃあ……レディ〜GO!」
「んぎぎ……!」
今度は逢ちゃんはコールと同時に仕掛けず、そのままの体勢でいた。逆に天野さんは速攻対策もあってかいきなり仕掛けていったけど、逢ちゃんの右腕も表情もびくともしない。
「月出里くんの勝ち……」
フライングを疑われないように、ゆっくりと天野さんの腕を倒してゲームセット。
初日にわたしと神楽ちゃんを軽々と担いでたけど、ここまでとは……
「天野さん」
「逢ちゃん……」
へたれ込んでる天野さんの肩に、逢ちゃんが手を乗せた。
「ジュース50本、ですよね?」
「はい……行ってきます……」
逢ちゃん、すっごい悪い顔してる……最初から狙ってやってたんだね。
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