第六十一話 スター・オア・ピエロ(7/9)
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「スリーアウト!3回の裏シャークス、3者凡退!3-0、ジェネラルズのリードが続きます!」
「まーた早打ち凡退やっとる……」
「3点差なんやからランナー出せや……」
関係ない、アタシには関係ない。
「4回の表、ジェネラルズの攻撃。4番ファースト、篠花。背番号25」
「畳みかけろ"若大将"!」
「トドメの一発頼むで!」
篠花雄三さん。去年、史上最年少の『3割30本100打点』を成し遂げた、盟主ジェネラルズの若き主砲。
「ストライーク!」
「初球ストレート153km/h!」
「良いぞクイーン!」
「走ってるで走ってるで!」
「まだ負けたわけじゃないんだ!」
野手陣が何をしようがアタシには関係ない。こういう人に勝つのがアタシの仕事で、アタシの本懐。
(くそッ……エンジンかかる前に打っときたかったぜ!)
「ストレート捉えた!」
「セカン……!?」
「一二塁間抜けた!ライト前!」
「せっま……」
「ロレンおじさんはともかくセカンドは今のゴロくらい間に合えよ……」
(普段なら間に合ってた当たり……さっきの盗塁阻止のミスのせいで消極的になっちまったNA)
……関係ない、アタシには関係ない。
「5番レフト、■■。背番号■■」
「おっと、■■はバントの構えです!」
「クリーンナップにバントって……」
「まぁ今のクイーンの投球考えたらしゃーないんちゃうか?左やし」
(向こうの監督の傾向を考えたら、ここのバントは妥当。そうでなくても、流れが完全に向こうにある現状で裏目のリスクもある奇策を弄するのは考えづらい)
与儀さん、今回はアタシに特に何かさせるつもりはないみたいだね。
「転がした!」
「ファースト!」
「アウト!」
「送りバント成功です!」
(ここはこちらとしても無難にワンナウトをもらっておく方が良い。篠花の脚なら、ツーアウトまではシングルでの失点は考えなくても良いだろうからな)
「6番ライト、■■。背番号■■」
まぁバントで勝負を放棄するなら、別にそれで良い。アタシが逃げたわけじゃないから。
「ストライク!バッターアウト!」
立ち向かってくる打者に、真心込めて勝つだけ。
「これでツーアウト!」
「走ってますねぇ。やっぱり乗り始めると強いですよ妃房は」
「その調子やクイーン!」
「ここ切り抜けて裏で逆転や!」
「7番サード、■■。背番号■■」
下位打線だからとかじゃない。今日走ってるストレートで、ここもねじ伏せる……!
(ッ……!)
「打ち上げた!ライト方向、フラフラっと上がって……」
「うぉっ!?これは……」
「落ちるか!?」
テキサス……かな?やられたね……
(モウ1点モヤラネェ……!)
「ライト飛び込んだ!」
!!?
「……ああっ、捕れない!」
「「「ああああああああああ!!!!!」」」
「打球が点々と転がってる間にセカンドランナーホームイン!4-0!打った■■も三塁へ!」
「セーフ!」
「セーフ!セーフ!!三塁セーフ!!!」
「(絶句)」
「唐須何やっとんじゃ!」
「カバー遅いわ!」
「ハンマーも無茶してんじゃねぇ!」
……関係ない。関係ない。関係ない。どのみちアレはテキサスで1点取られてた。タイムリーのシングルがたまたまトリプルになっただけ。
「8番キャッチャー、■■。背番号■■」
ここで勝てば、結果は同じ……!?
「空振り……ああっ!キャッチャー後逸!!」
「「「「「ぎゃあああああああ!!!!!!!」」」」」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!シャークス、まさかの形で5点目を献上!!」
「絶対後逸しないウーマンのマルコまで……」
「おお……もう……」
(アレコレ考えすぎた……すまん……!)
……関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。関係ない。打たれたわけじゃないんだから、アタシには関係ない。
「ストライク!バッターアウト!」
「これでスリーアウト!しかしジェネラルズ、この回2点の追加点!」
「……たかが5点、ナンボのもんじゃい!」
「下向いてんじゃねーぞ!頑張れシャークス!」
「まだまだやれるんだ!シャークスは"優勝候補"なんだ!!」
「優勝してミラーと綾瀬を胴上げするんだ!」
「天竺!メジャー行く前に僕らを帝シリに連れてってほしいんだ!!」
一部の怒号をかき消すように、必死に前向きな声を上げる大部分のシャークスファン。アタシは別にどっちでも良いけど、他の人達にとっては恵まれてるね。
でも……
「初球打ってレフト方向……」
「アウト!」
「あああああ!もうちょっとしつこくいけや!!」
「5点差やぞ!グラスラでも追いつかんのやぞ!?」
ファンの声も、やっぱり突き詰めていけば他人事。選手のやることの結果に必ずしも繋がるわけじゃない。
「はぁ……」
「おいおい、■■。どうしたんだ?」
ベンチで落ち込む野手陣に、どうにか明るく接するコーチ。ウチはコーチ陣も比較的若い人が多い。引退間もない人とかね。『選手だけでなくコーチも育てる』とかそんな方針だかららしいけど……
「やっぱ俺には無理なんすかね?」
「俺なんて向こうのチームの戦力外上がりっすよ?」
「こんな試合展開じゃ……」
「バカ言え!ファンが見てるんだぞ!ゲームセットまで顔上げていけ!せめてファンには笑って帰ってもらえるようにするのがプロの務めだろ!たかが143試合の1つでこういう日だってある!俺達には……いや、俺達にも明日があるんだ!」
「そうだそうだ。ここまで突き抜けたんなら、これ以上の最悪なんてないさ。切り替えていこうぜ」
……!
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「■■捕ってスリーアウト!5回の裏シャークス、この回も3者凡退!」
「あああああああもうやだああああああああ!!!」
「帰りてぇ……」
「(日本新記録の19連敗回避に)切り替えていく」
……そっか。そういうことだったんだね。だからアタシ、今日はこんなに……
「シャークス、選手の交代をお知らせします。ファーストのロレンツィーニに代わりまして、■■がライトに、ライトのハンマーがセカンドに、セカンドの■■がファーストに入ります。また、センターの唐須に代わりまして、■■が入ります」
「守備緩め」
「まぁロレンツィーニ怪我明けやしな」
「唐須は教育やろうなぁ……」
監督もやっぱりそうなんだね。
「5回の表、ジェネラルズの攻撃。9番ピッチャー、■■。背番号■■」
「続投か……」
「まぁ5点差なら当然やろ」
「ウチの打線は球数を稼ぐことすら知らんからな」
「ストライク!バッターアウト!」
「1番セカンド、■■。背番号■■」
「ファースト転がった!ピッチャー妃房ベースカバー入って……ああっ!」
「セーフ!」
「トスが逸れました!記録はファーストのエラー!」
「もう好きにせぇよ……」
「2番ショート、神結。背番号6」
「ここで神結とか……」
「オワタ……」
もはやちょっとしたケチさえ付けられない。そういう人はもう帰っちゃったんだろうね。観客席、明らかに空き始めてるし。
「妃房、ファーストランナーを見て、一塁牽制……!?」
「「「!!!??」」」」
「せ、セーフ!」
「一塁セーフ!し、しかし……」
「今の牽制球、ものすごいスピード出てましたね……」
(痛ッてェェェ〜……!!!)
「ヒェッ……」
「ブチギレ牽制」
「クイーンがあんなにキレてるの初めて見たわ……」
「普段キレるというか味方の野手陣には無関心やからな」
もう、無関係という名の擁護さえする気もない。それって結局、何だかんだで『一緒に戦ってる』って認めてるってことだからね。
「!!!??」
「ストライーク!」
「「「「「…………」」」」」
ここからは、本当の意味でアタシだけでやる。
「で……出ました!165km/h!幾重光忠に並ぶ日本最速、165km/hッ!!!」
「うせやろ……!?」
「いつかはやると思ってたけど……」
「よりによってこの試合で……」
(……全くもって底なしだな)
もう後ろは振り向かない。振り向く理由さえ作らない。
「ストライク!バッターアウト!」
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!二者連続!!」
「変化球もキレッキレ……」
「あんなんウチどころかどこの打線でも打てるわけないやろ……」
「まぁ5点取った後なんだから今更だろ」
(まさかあの牽制球……エラーの報復や喝などではなく、このための肩慣らしだったのか……!?)
ただミットめがけて投げてるだけで、全部終わらせる。
「妃房、さっきの牽制球やけど……」
「……いけませんか?ランナー刺したかっただけですけど?」
「いや……そうやなくてな……真剣にやってくれるんはありがたいんやけど、もう少しこう……野手陣への配慮というか……」
「善処します」
「た、頼むからな……?」
ベンチに戻ったら案の定、綾瀬コーチからの苦言。全く、あくびが出るね。あんな肩慣らし程度で。




