第六十一話 スター・オア・ピエロ(5/9)
「1回裏、シャークスの攻撃。1番ショート、数橋。背番号5」
「艶姫!頼む!まずは出てくれ!」
「いつもの早打ちはいらんで!」
今年も基本的に1番は艶さん。ただこの連敗中、ミラー監督だって何の策も練らなかったわけじゃなく、代わりに唐須さんを1番に置いたり試行錯誤はしてきた。今日の打順も去年までのイメージとは少し変わった趣向を凝らしてる。
……のは良いんだけど、個人的にはちょっと嫌な予感もしてたり。
「初球打ちセカンドの頭上、ライトの前落ちましたヒット!」
「流石だぜ艶姫!」
「やっぱりウチの持ち味は電光石火の如き速攻や!(テノヒラクルー」
打順ってのは大体、上手くいった場合を想定するもの。日本では2番という理論上2番目に多く打つ機会が巡ってくる打順にアウト上等の繋ぎ役を置きたがる人が多いけど、それも1番の出塁を前提としてるから。
「2番サード、小森。背番号51」
「そう言や今日の2番……」
「いくら最近打ってるからってなぁ……」
小森さんは大きいのも打てるけど基本は右のアベレージヒッターで、脚も正直めっちゃ遅い。選球眼は悪くないけど、その選球眼を『早めのカウントでストライクを見極めて打つ』のに活用してる節がある。だから三振も四球も少なく、普通に考えれば、併殺打が最も許されない2番には不向き。クリーンナップとしての適性が高いタイプと言える。
そんな小森さんを敢えて2番に置いてると言うことは……
「まずは初球……一塁ランナー走った!」
(だろうな……!)
「ストライーク!」
空振りの援護が入ったけど、相手バッテリーの対応が良い……これは……
「アウトォォォォォ!!!」
「盗塁失敗!」
「あっちゃあ……」
「せっかくのノーアウトのランナーが……」
やっぱりね。狙いは艶さんを単独で得点圏に向かわせて、最近当たってる小森さんで帰す。この後に続くハンマーも天竺さんもロレンツィーニも、全員30本塁打の実績持ち。脚がなくてもウチで比較的出塁率のある小森さんはホームランの弾込め役としても期待できる。
でもそんなのは、いちピッチャーのアタシにもわかる。
(くそッ……読まれたKA!)
(いやぁ……流石にこれじゃ、いくらおれでもなぁ……)
戦術はそれ自体の効率とかだけがものを言うんじゃない。他の可能性もあってこそ真価を発揮する。いくら良い変化球が投げれても、ストレートがストライクにすら入らないんじゃ大して意味がないのと同じ。『艶さんを走らせて、小森さんで帰して、後続で一発を狙う』。狙い通りできれば間違いなく勝利に近づけるけど、相手からしたらそれ以外は対策する必要がないってことだからね。いくら今のウチで唯一盗塁の数も成功率も信頼できる艶さんでも、この状況じゃなかなか決められないよね。
ミラー監督だって、普段からこんな視野狭窄な訳じゃない。去年の4位以外はチームをAクラスに導いてるし、他のプロ球団に所属したことがなくても"できない監督"じゃ決してないと断言できる。
今のウチの大型連敗は、負けが嵩み続けるたびに『明日は勝たなきゃ』って気持ちばかりが強くなって、選択肢が狭まり続けてきた結果なんだろうね。
(まだだ……たかがランナーを刺されただけだ!)
「センターフェンス直撃!センター菱事捕って中継へ!ランナーは一塁ストップ!」
「さすコモ」
「今のウチにとっちゃ数少ない光明やな……」
「横スタ名物『壁ドンシングル』」
横スタは比較的狭い球場だけどフェンスが高いから、あんな感じでフェン直でも足があんまり速くない打者だとシングル止まりになることがよくある。逆に守る側としても、他の球場と比べて守備範囲よりクッション処理がスムーズにできるかどうかが大事になってくる。
「3番ライト、ハンマー。背番号99」
「これもレフトの前!」
「ナイバッチハンマー!」
「今日は早打ちが効いてるな」
「流石に今までがダメ過ぎたから揺り戻しやろ(楽観)」
結果論になっちゃうけど、走ってなきゃ最低でもノーアウト満塁……いや、壁ドンがあったからほぼ間違いなく1点は入ってたはず。まぁワンナウト一二塁でも十分美味しい場面ではあるけど。
「4番レフト、天竺。背番号25」
「頼むぞ主砲!」
「まずは同点同点!」
(何だかんだで当たり出すと止まらねぇんだよなシャークス。さて、どう切り抜けるか……)
向こうのシフトは外野が深め。長打さえ防げばここでの失点はないって踏んでるんだろうね。
「右中間……落ちましたヒット!」
「よっしゃよっしゃ!十分十分!」
(こちらの作戦が上手くいかぬままでは流れが来ない……こうなったら!)
え?サードコーチャー、腕を回して……!?
「!!ああっと、二塁ランナー三塁蹴って一気にホームへ!」
「ファッ!?」
いや、確かに打球は外野の正面じゃないし良い感じに緩かったけど、二塁ランナーは……
「アウトォォォォォ!!!」
「ホームタッチアウト!同点ならず!!」
「おいサードコーチャー!何打球だけで判断しとんねん!?」
「セカンドランナー小森やんけ!」
「壊れた信号機かな?」
(Oh……何やってるんDA……!?)
ミラー監督が頭を抱えてる。やっぱり今のはサードコーチャーの独断だったんだね……
「シャークス、先頭打者から4者連続ヒット……ですがツーアウト一二塁で得点なし!」
「やめて差し上げろ(血涙)」
「5番ファースト、ロレンツィーニ。背番号2」
ここまで打つのだけは妙に噛み合ってる。確かにウチの打線は早打ちで有名だけど、その分打率とホームランの数はそれなりのもの。その点では決して運や勢いばかりに任せてるわけではないと思う。実際、今日はの打線は早打ちばかりとは言え援護以外で空振りはまだしてない。
「レフトの前、これもヒット!ランナーストップで満塁!シャークス、何とこれで5連打!」
「なお得点」
「ほんま各駅停車やなぁ」
「まぁさっきの暴走また見せられるよりはマシだわな」
ツーアウト満塁で二塁の天竺さんは見た目の割に今日のスタメンでは普通に脚が速い方。このままシングルが続けられるのなら逆転の目もある。
「6番セカンド、■■。背番号■■」
「さぁ初回にリードを許してしまいましたが逆転のチャンス!打席には■■!」
「ストライーク!」
(よし、ようやくまっすぐで空振り奪れた!次はこれで……)
(ッ……!まずい!!)
「ああっと!!!」
2球目、おそらく変化球を叩きつけてキャッチャーが捕れず……これなら……!
「よっしゃ!今度こそ先制……「ストップ!ストップ!」
「……は?」
「三塁ランナーはスタートを切りませんでした!」
「おいィ!?今のは流石にハンマーでもいけたやろ!?」
ハンマーもスタートを切ろうとしてたけど、サードコーチャーが制してスタートをせず。その判断が正しかったのかどうかは、当のサードコーチャーの渋い顔が証明してる。
(くそッ……!さっきので消極的に……!)
(……何もかも噛み合わねぇNA)
「アウト!」
特に巻き返しもなくあっさりポップフライ。ウチの打線で今日5連打の後に初めてのバッターアウト……と言えば聞こえは良いんだけどね。
「スリーアウト!チェンジ!」
「これでスリーアウト!1回の裏シャークス、5連打と打線が繋がりましたが得点できず!1-0、依然ジェネラルズがリードです!」
「みじめ、せつない」
「ほんまつっかえ!」
「横須賀新喜劇かな?」
「ベンチがアホやから野球がでけへん」
「いくら連敗中でもアンラッキー過ぎるだろ……」
アンラッキーと言えばアンラッキーなんだろうけど、『選手や指揮官、戦術・戦略などあらゆる面に細々とした問題があって、それらが奇跡的に噛み合ってとんでもない事態を引き起こした』っていう意味では必然とも言える。
『運』や『巡り合わせ』ってのは、言うなれば『その時その時に応じて性質が異なる燃料』。その『燃料』を使う『装置』がどうなってるのかで良い悪いが決まるものであって、『燃料』自体に良い悪いってのは本当はない。矛盾してるようだけど、『偶然が必然を生む』と言うよりは、『必然をどうするかで偶然の価値が決まって結果が生まれる』ってこと。通常の守備位置のショート正面のゴロがシフト次第でアウトになったりヒットになったりするのをイメージすれば多分わかりやすい。
優勝できない球団が連勝と連敗を繰り返しやすいのは、多分それも理由なんだと思う。『装置』を都度適切にメンテナンスできないから、その『装置』にとって都合の良い『燃料』が運ばれてる期間ばかり勝って、都合の悪い『燃料』の時は……っていうのが本質なんだと思う。
……ま、これはあくまで私見だし、アタシは所詮いち選手。ただの先発ローテの一角。これに関して特にアレコレ指摘するつもりはないけどね。
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