第八話 あたし、頑張るよ(3/5)
「そんじゃ幸貴、頼むで」
「おう」
ノックを交代してリリィさんがサードに入る。そう言えば昨日の試合では指名打者で、サードは財前のクソ野郎だったね。リリィさんの守備はどんな感じなんだろ?
「サード!」
「フッ……読み通りや」
「目測ゥゥゥゥゥ!!!!!」
身体のやや左を通りそうな高めのバウンドに対して、ドヤ顔でグローブを目の前に差し出す。当然、打球は外野へすり抜けていく。
「もう一回、サード!」
「へぶっ!?……まだだ、たかがメインカメラがやられただけだ!」
「遊びでやってんじゃないんだよ!!!!!」
今度はハーフバウンドを捕り損ねておでこに直撃。どうしよう。あのクソ野郎もかなり下手だったけど、リリィさんはもっと酷い。冬島さんはプロ入り前からリリィさんと知り合いだったみたいだから、返しもどこか軽妙。
「三塁、守備が薄いぞ!何やってんの!?」
「ならば、君の視線を釘付けにする!ユニバース!」
火織さんも乗っかかってきた。確かにこの二人は波長が合いそう。
一歩目が遅いから捕れる範囲が狭いし、球際にも弱い。ただ、スローイングに関しては悪くない。コテコテの関西弁で喋ってるし日本のアニメにも詳しいみたいだけど、れっきとした外国人なだけあってリストの強さを感じさせる理想的な内野手の肩をしてるし、一塁への送球も正確。
「うーん、ぼくがサードやった方が良いかなぁ……?」
リリィさんの守備を見かねて、天野さんが輪に入ってきた。そう言えばこの人、確か元々はショートだったね。ジェネラルズにいた頃にサードもやってたはず。
「いや……見ての通りキャッチがド下手なコイツにキャッチが主のファーストやらせたら大惨事っすよ……幸い、この通りスローイングだけは何故かまともなんでね」
「逆にぼくは送球難でファーストがメインだからね……うん、やっぱりこのままで何とかすべきだね」
「ちゅーわけでリリィ、お前これから一週間、みっちりサードのノック受けてもらうで。理由はわかるやんな?」
「……指名打者は伊達さんやから、やろ?」
「そういうこっちゃ」
(コイツはアホやけど、頭は悪くないのは救いやな)
どういうことなんだろ?
「人数が最低限だと、特に怖いのは『捕手の故障』。そして今回の特別ルール、指名打者は途中交代要員としても使えますから、確かに伊達さんが妥当でしょうねぇ」
「すんません、有川さん。有川さんも本職は捕手なのはわかっとるんですけど、他のポジションのバックアップも必要なんで……」
「いえいえ、チームの事情を考えたら仕方ないですよぉ」
なるほど、それなら仕方ない。まぁセカンドの火織さんは上手いし、サード方向だけならフォローは何てことない。むしろアピールのチャンスになるかもね。
「そういやリリィ。お前外野できんの?肩良いし脚も結構速いんやから、いっそ秋崎ちゃんと代わるってのもアリやと思うんやけど……」
「……自分で言うのもアレやけど、移動距離短い内野でも捕るの下手なウチでええんなら……」
「いや……忘れてくれ」
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全体ノックを終えて、各ポジションで休憩しながら反省会。
「右中間の打球判断がちょっと遅れがちですね。なまじ経験がある分、譲り合ったりとかで……」
「外野もまた連携が重要ですからねぇ。むしろちゃんと連携ができないと怪我も怖いですし……全体練習の時間はたっぷり取れるので、この一週間はその辺を重点に置いていきましょうか」
「それと、秋崎さんの守備力向上ですね」
「そうですねぇ。素材は文句なしですし、とりあえず落下点の予測さえある程度できるようになれば形にはなると思いますね。他にも色々やりたいことはありますけど、課題はできるだけ絞りましょう」
側から見てる感じ、外野陣の話し合いは経験豊富な松村さんと有川さんが中心で、野手初心者の佳子ちゃんはその様子をきょとんとした顔で黙って聞いてた。
「あの、質問良いですか?」
「んん〜積極的で良いですねぇ佳子ちゃん。どんどんどうぞぉ、でゅふふ」
「『うちゅうかん』って何ですか?」
「「「ファッ!?」」」
中学から野球を始めてずっとピッチャーだったとは聞いてたけど、ここまでとは……
これでもプロ野球選手になれた佳子ちゃんがすごいと思うべきなのか……
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******視点:冬島幸貴******
さて……『守備』に関しちゃ多少の穴はあるけど、個々の能力は案外あるし、連携さえ取れれば問題はない。
『打撃』は3点のアドバンテージがあるし、1試合じゃ水物やからそこまで気にするもんでもない。
『走塁』もそもそも打てんと意味ないから後回しで良い。
問題は『投球』。
「そんじゃ、次はあっしがいきますねー」
山口さんと代わって、夏樹ちゃんの左腕から繰り出される投球。敢えて音が響くようにしたような構造の室内練習場で、オレのミットを繰り返し叩く。決して悪い球やない。何だかんだで高卒で指名されただけあって、今までに受けてきた数多くの投手達と比べても良質な部類。せやけど、篤斗や雨田くんと比べると……
「ナイスボール!」
次の試合の特別ルール、基本は人数的にも戦力的にも不利なオレ達白組にとって有利に作られてるけど、『投球』に関するルールだけは別。
篤斗と雨田くんを使えるのは最大7回。延長がないのは幸いやけど、それでも2回は確実に山口さんと夏樹ちゃんで回す必要がある。サウスポーというアドバンテージがあっても、それでも投手としての格はどうしても落ちる。ただでさえあの2人でも抑え切れる保証がないってのに……
(……ってなこと考えてんだろうな、あの様子だと。へいへい、どうせあっしは雨田(イキリ眼鏡)と比べたら三流投手ですよっと)
返球を受け取った夏樹ちゃんの顔が浮かない。
「……冬島さん!夏樹さん!」
「「は、はいィ!!?」」
突然、山口さんに怒鳴られた。
「冬島さん、キャッチャーの仕事はピッチャーが気兼ねなく投げられるようにすることだろ!?アレコレ考えるのを請け負うのはその意味じゃ正しいけど、だからってそういうの態度に出してピッチャーのやる気削いじゃ意味ないじゃんか!」
「うっ……」
全くその通りや……
「夏樹さんもだよ!ピッチャーは役割の重さに差はあるけど、それでもゲームを作るのを背負う立場なのは全員同じなんだから、もっと堂々と投げないと!不甲斐ない結果を出したら、夏樹さんだけじゃなくみんなに迷惑がかかるんだよ!!」
「は、はい……」
山口さんの一喝で、夏樹ちゃんも表情が引き締まった。全くもって頼りになる17歳児やな。
(そうだな……あっしだって、雨田(イキリ眼鏡)に何もかも劣ってるなんて思っちゃいない。全部ひっくるめて負けてたとしても、あっしにしかできないことは絶対にあるはず……!)
事情があったとしても、オレはあの伊達郁雄を差し置いて正捕手を任されたんや。やれる限りのことはやったる……!
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