第六十一話 スター・オア・ピエロ(4/9)
「1回の表、ジェネラルズの攻撃。1番セカンド、■■。背番号■■」
「頼むでクイーン!」
「先頭切れるか大事やで!」
ジェネラルズの特徴を挙げるとするなら、『良くも悪くも長所と短所が毎年のように変わってなくてわかりやすい』ってとこかな?特によく挙げられる短所は『セカンドとクローザーが全然固定できない』とか『特に野手の方で助っ人外国人の当たりがなかなか引けない』とかその辺り。
アタシ自身は特定の球団のファンじゃないけど、アタシが生まれた北陸の方は無難にジェネラルズファンって人が多いから、そういう話は昔からよく聞いた。
「ストライク!バッターアウト!」
「内角スライダー空振り三振!」
「よっしゃ!ええでええで!」
「最近の守備見てると、ほんと三振って安心できるな……」
「長尾がエースなのもこういうとこだな」
だからなのか、立ち上がりが悪いことで有名なアタシでもどうにか抑えられる。
けど、『毎年大体同じ』というのは長所もまた然り。
「2番ショート、神結。背番号6」
「杏那キター!」
「今日も一発頼むで!」
「杏那くーん!!」
「杏那『くん』?何だ男かよ」
「杏那が男の名前で何が悪い!?」
シャークス側の観客席に一言怒鳴ってから打席に入る神結さん。何を言われたのかアタシには聞こえなかったけど、何となく察しはつく。
まぁウチの御厨さんと年齢が同じで、名前も顔立ちも男女の判断がつきにくいって点でもそうなんだけど、そもそもプロ野球ファンでこの人のことを知らないのは間違いなくモグリ。
神結杏那。球界の現役どころか歴代のショートの中でも最高峰の実績を誇る、名門ジェネラルズのスーパースター。野球人気の低下とかテレビ離れとかが顕著な昨今であっても、樹神さんと幾重さんとこの人くらいは、プロ野球ファン以外にも広く認知されてる。この人の存在こそが、まさにジェネラルズの長所そのものと言っても良い。何せ高卒間もない頃から10年以上、ショートのレギュラーとして最前線で活躍してきたんだからね。
「ストライーク!」
「初球外角まっすぐ146km/h!」
「立ち上がりにしてはいつもより走ってますね」
……ま、相手がこの人だろうと、ドラ6の無名ルーキーだろうと、やることは同じ。約束もあるし、なるべく勝ちにいく。
神結さんは右投げ右打ちだけど、利き手は左。それでトップハンドよりボトムハンドの操作に長けてるとかそんなとこだと思うけど、外角に弱く内角に強いのが特徴。
「ファール!」
「ボール!」
「うぉっ!?」
「ファール!」
「ファールボールにご注意ください」
「飛ばすなぁ……」
日本で『2番ショート』って聞くと、大体の人は何となく『小柄で細身で俊足』をイメージすると思うけど、神結さんはプロ基準で見ても長身で、体格もスラッガーのそれ。そのくせきっちり俊足。そしてご覧の通り、見かけ倒しなんかじゃない。
(心配いらん。神結さんは外への対応もいざとなればできるが、裏を返せば外なら仮に打たれても致命傷は避けられる)
与儀さんとしては徹底的に外の方針。ヒットもホームランもアタシにとっちゃ負けだけど、単純に打てる確率で言っても外の方が低いのも事実。
(……!外カーブ!!)
「……ボール!」
「おいぃぃぃ!!!入ったやろうが!」
「ジェネパイア乙」
バックドア……球審によっては多分入ってた。
神結さんが選球眼に優れてるのは事実だけど、選球眼ってのは野球ゲームでABCDとかって査定される能力というよりは、実績に近い部分もある。それも打率とかそんなのよりも、GG賞とかあの辺りに近い。少しずつ少しずつ『選球眼が良い』って認知されていけば、際どい判定に有利不利も生じる。
ある種のベテランへの忖度とも言えるけど、隣の国なんかはそもそもベテラン相手に内角攻めさえ憚られるって聞くし、メジャーもめんどくさい不文律だらけだし、勝負に関わるいらないノイズみたいなのはどこにだってある。仕方ない。
(神結さんはインコースの中でもインハイはやや苦手……今日の妃房の制球ならいけなくはないな。『内もある』と匂わせておけば後々の打席にも利かせられるかもしれん)
インハイまっすぐ……
「……!?」
やば……!
「ボール!」
「おおっと危ない!」
「おいおい!どこ投げてんだよノーコン!」
「しっかしやっぱ避けるのうめーわ」
かなり身体の方に寄っちゃったけど、こちらに背中を向けて万歳するような姿勢で綺麗に回避。故障が怖い腕をできるだけ遠ざけて、人間の身体の中で特に丈夫な背中を盾にするのは死球対策として理に適った方法と言える。
6ツール全てで優れてるのが神結さんの強み……ではあるけど、実は一番の強みはあの避けるのの上手さと言われてるんだよね。アレと、インコースへの対応力による内角攻めの試行回数の減少、そして生来の身体の丈夫さが、10年以上ショートのレギュラーを保証し続けてるってのが通説。
(世間じゃ"世代最強打者"や"球界最強打者"は弓弦だと言われてるが、真の一流は稼働し続けてこそ。走攻守のトータルと、積み重ねた数字じゃ誰にも負けやしないさ)
しかし、避けてくれて本当に助かった。
どんな理由があろうが死球は問答無用で投手の負け。本当なら日暮さんが月島さんにそうしたように、ビーンボールすら投げたくない。『投手と打者の勝負』は互いの生き死にじゃなく矜持を賭けるもの。ただでさえ投手に有利な勝負なのに、ストライクに入るかどうかじゃなく、致傷致死の恐怖を駆け引きに使うなんて恥としか言いようがない。
(まぁ結果として内を厳しく突けた。外なら少々浮いても良い。しっかり腕を振って投げ込んでこい)
内を続けると絶対にゴネるとわかってるのか、外まっすぐのサイン。ありがたい。これで……!?
「いったあああああああ!!!!!」
「「「「「おおおおおおおっっっ!!!」」」」」
(何をしとるか、馬鹿者……!)
やっちゃった……
「ホームイン!神結、何とこれで今季11号!1-0、ジェネラルズ先制!」
「いやぁ、今年の神結はマジで飛ばすな……」
「これもうホームラン王確定やろ……」
高さは問題なかったけど、コースが真ん中に入っちゃった……
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「アウト!」
「レフト天竺捕ってスリーアウトチェンジ!しかしこの回、神結の11号で先制!1-0、ジェネラルズのリードです!!」
「オワタ……」
「今の打線で1点とか取れる気せぇへん地元やし」
「地元じゃなくても無理だろ」
観客席からほのかに、でも口々に聞こえてくる不安。
アタシ自身がこう言っちゃ何だけど、アタシの失点は大体序盤。見慣れた光景どころか、ソロムラン1本なら上出来くらいに言われてきた。でも現状じゃこうもなっちゃうか。
もちろん、周りがどんな反応をしようが点を与えたのはアタシであることに変わりない。神結さんにはリベンジするし、それによってこれ以上の失点は極力避けていく。




