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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
378/1162

第六十一話 スター・オア・ピエロ(3/9)

 5月6日月曜日。ゴールデンウィークの10連戦最終日のホームゲーム。

 試合開始まであと1時間、ちょうど空席が埋まり始める頃。アタシはブルペンに入る前にグラウンドをフェンスに沿って軽く走る。


「あ、おい!妃房(きぼう)だぜ妃房!」

「うわ、マジだ!」

「カメラカメラ!」

「でっけー……マジでっけー……」

「何食べたらあんなにデカくなるんだ……?」

「う、うん……でかいな……」

「ちょっとケン、どこ見てんのよ?」


 アタシの姿を見つけた、おそらく小学生の集まりに向かって営業スマイルを浮かべつつ手を振る。

 もちろんこのランニングは準備の一環だけど、普段ファンサがそんなに良い方じゃないから、サインをねだるには高すぎるフェンスが特徴の横スタを利用して、とりあえず姿を見せて観客席に時折愛嬌を振り撒くことで、小狡(こずる)くフラストレーションを解消するのも狙いとしてある。これでもアタシはプロ入り前からまぁまぁ有名人だからね。おかげで向こうがあんまり不満を溜めず、それでいてアタシも練習を妨げられない程度の距離感を学ぶ機会は結構あった。


「ユミ、ほら見ろよ!唐須(からす)とハンマーのキャッチボール!すっげーぜ!」

「んー……」

「もう、ユミ。久しぶりに来たのにスマホばっかり触って……」


 それにしても……こういう日は本来なら、あまり頻繁には来ないような家族連れの観客がいつもより多い分、試合の勝ち負けよりも球場の雰囲気とかご飯とか球団マスコットとか、そういう普段あまり触れる機会のないものに触れて賑やかな感じになるものだけど……


「今日は絶対、絶対勝つんや……!」

「クイーンならやってくれる、クイーンなら……!」


 推しの選手のレプリカユニフォームを着こなし、そのタオルも首に掛けてる、明らかに常連のファンがまるで死地に赴くような面持ちで球場に入ってくるのばかりが目立つ。

 何せこの一戦は本来であれば興行的に美味しいものになるはずなのに、よりによって日本記録の18連敗がかかってる一戦でもあるからね。

 さらにその上……


「もう客かなり入ってるじゃん。10年くらい前が懐かしいわ」

「横スタほんと綺麗になったな」

「まぁ設備投資に関しちゃ結構金使ってるらしいからな」

「肝心な強さはなぁ……」

「まぁ良いじゃん。今日も"横須賀銀行"の融資を受けるってことで」

「今日も気持ち良く勝って、今年こそ優勝しねぇとな」

「やっぱリコはウチが強くなきゃ盛り上がらねーっしょ?」


 今日の相手は現在首位のジェネラルズ。去年三連覇となったスティングレイの中軸打者をFAで引き抜いたのもあって、今年はとにかく打線が強力。だからアタシ個人としてはむしろ今日投げるのが楽しみなくらいなんだけど、流石にこの雰囲気ではしゃぐほどKYじゃない。


「く、"クイーン"!」

「……?」


 去年くらいからの、アタシの大仰なあだ名。主にネットでそんな風に呼ばれるようになったけど、その呼ぶ声は大人にしては甲高い。

 観客席の方を見上げてみると、それもそのはず。アタシをそう呼んだのは、ようやくランドセルを背負い出した頃であろう、おにぎr……坊主頭の男の子。


「今日は勝てるよね!?」

「……!」


 今日大勢来てくれた子供の多くは遊園地とかと同列感覚なんだろうけど、このおにぎり坊やは違う。目を見ればはっきりとわかる。他人であるはずのアタシ達を他人事にできない(たぐい)。お金を払って試合を観てる立場なのに、まるで今の連敗は自分達にも責任があるんじゃないかと思い詰めてるかのような、そういう(たぐい)

 ……まぁ悪い言い方をすれば、『あの年頃でプロ野球ファンとして英才教育されてるなぁ』ってのが正直なとこなんだけど、共感性とか道徳心とか、そういう観点で見ればきっとあの子はアタシよりかは立派な類の人種なんだろうね。過程には命を賭けるくらい真剣だけど、結果にはまるでこだわらないアタシと比べたら。


「……うん。今日は頑張るよ!」

「約束だかんね!?」


 だから大人として、気休めくらいの返事はする。『できれば』だとしても『勝ちたい』って気持ちに嘘はないんだしね。


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