第六十一話 スター・オア・ピエロ(1/9)
******視点:保志勇人[EEGg帝都本社開発部部長]******
「試合終了、5-3!ジェネラルズ、逃げ切りました!そしてシャークス、ついに連敗が11まで伸びてしまいました!」
4月29日月曜日。この日は本来なら試合はねぇが、折しもゴールデンウィーク。プロ野球という商売ではまさに書き入れ時。その関係で今は10連戦の期間中。
首位に立ってたつい2週間ほど前は、この10連戦でホーム開催が明日からのペンギンズ3連戦と最終日のジェネラルズ戦しかなくて『収益を逃した』と嘆いてたんだが、皮肉にも『却って良かった』と思えるこの状況。
「今日もダメでしたね……」
「ああ……」
多忙な開発部ではいつも通り、シャークス戦が作業用BGM代わりに流される。今日はデーゲームだが、ナイターで残業がない日でも、俺や独身の奴ら何人かで開発室に残って駄弁りながら試合を眺めることも珍しくねぇ。今日は無理しての休日出勤だってのに、報われねぇ。ウチはまたしても負けの姿を帝国全土に撒き散らしただけだ。
「蜜溜ちゃんは頑張ったんですけどね」
「『運が悪い』ってのも多少あるとは思うんすけどねぇ……」
身内の贔屓目抜きでも、戦力そのものはある程度揃ってる。保守派との派閥争いの関係で補強に本腰を入れられてねぇ部分があるのは申し訳ねぇところだが、既存戦力では長尾が復調したり、ドラフトでも大卒投手を重点的に獲って投手陣を整備とか、痒いところに手は届いてるはず。それでもこの状況なのは……
「やっぱり今の流れを変えられるのは長尾しかいないっすかねぇ?」
「綾瀬も多分今年いっぱいでしょうからねぇ」
「どっちかと言うと野手陣に問題があるし、やっぱりここは天竺が……」
「……いや、俺は蜜溜ちゃんだと思うぜ」
「ほんとに蜜溜ちゃん推しっすねぇ、部長」
「今日もいつも通り『我関せず』って態度だったじゃないですか」
「だから良いんだよ」
「まさか部長、蜜溜ちゃんと……」
「んなわけあるか。妻子持ちだぞ馬鹿野郎」
「そりゃ知ってますけど、なおのこと何でそんなに……?」
「……あの子が入団したての頃にな、歓迎会みたいなのがあったんだよ。ドラフト指名されて契約してくれた新入り達と、俺とかEEGgの役職持ち何人かとな。その時があの子との初対面だ。そこで俺は蜜溜ちゃんを何が何でも推すと決めた。もちろん、高校の頃からの活躍で元々期待してたんだが……実際話をしてみるとかなり気が合って、あの子のざっとした生い立ちとか特異体質とか色々聞いて、俺は妃房蜜溜という投手に心底惚れた。だから断言できる。今のシャークスを変えられるのは蜜溜ちゃんしかいねぇ」
「うーん……とは言ってもなぁ……」
妃房蜜溜。ショートカットで顔つきが中性的だが、目鼻立ちの整った美女で、190cmを超える高身長かつグラビアアイドル級のナイスバディ。骨格や身体能力に恵まれ、野球以外のスポーツでもトップを狙える運動神経も備え、野球なら尚更"世界一の投手"になりうる特異体質の持ち主。読書家だからか高卒のプロ野球選手にしちゃ教養もあるし、実際学校の成績も優秀だったらしい。おまけに実家もそれなりに裕福。あの幾重光忠に並び立てる逸材中の逸材であり、優生学的な視点で見れば、単純に人間として優良種なのはまず間違いない。
だが、蜜溜ちゃんは人間である以前に"獣"なんだよ。そしてそこが蜜溜ちゃんの一番の魅力だ。
……野球に限らず、俺達がやってる開発の仕事だってチームワークが重要。俺は開発絡みのことなら基本何でもできるが、他の人間と同じで頭は1つしかねぇし、手も2つしかねぇ。だからもしもの時に俺の代わりができる人間、設計できる人間、日程を組める人間、クライアントと話し合える人間、直接コーディングできる人間とかもどうしたって必要。よく面接講座なんかで『社会人にとって一番大事なのはコミュ力』とかそんなことを言われるが、ほとんどの奴にとってそうであることは否定しねぇ。
だがそれだけじゃ、いつまで経っても『誰よりも先の一歩』には進めねぇ。横並びに忠実な狼は他の群れとも横並びしたがるばかりだからな。
ここまで高度化しちまった人間社会じゃ何かを生み出すには群れにならなきゃならねぇのは確かだし、ただ食い繋ぐだけなら横並びしときゃ済むのも確か。他ならぬ俺自身も今のところは"横並びになって横並びを整える第一人者"程度でしかねぇ。
だが、イノベーションを生み出したり、勝負事で頂点に立つには、"群れの一番前に立って独りでも歩ける狼"が絶対に必要。ウチでそれができるのは蜜溜ちゃんだけだ。
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******視点:長尾七果******
5月2日木曜日、我らが横須賀EEGgシャークスの本拠地、横須賀スタジアムにて。
「6回の表、シャークスの攻撃。9番ピッチャー、長尾。背番号21」
「0-1、ペンギンズのリード。この回の攻撃はピッチャーの長尾から。第一打席は三振」
「ですが8球粘って最低限役割は果たしましたからね。バッティングにも定評のある長尾ですから、どうにかここで流れを掴みたいところですね」
「頼む、長尾!」
「今日こそ勝ちたいんだべ!」
本拠地で、元々若いファンが多く前向きで明るい応援に定評のあるシャークス。もちろん、今もその通り我々選手を信じて声を上げてくれる人の方が大勢であることは確か。だがそれでもその声はどこか悲痛なもの。リーグ首位だった2週間ほど前が実に昔のように思える。
……確かに、流れを変えねばならないな。この試合だけじゃなく、チーム全体でも。
「打ってこれは前進守備のセンターライトが下がって……落ちました!」
「セーフ!」
「二塁セーフ!長尾、ツーベース!!」
「「「「「おおおおおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「さすがは主砲……」
「やっぱりウチのエースにはジエンゴは必須やな」
「いやぁ■■さん、ピッチャーの長尾が長打ですよ……」
「本当、よく振れてますよ……何気に脚も使えますしね」
しかし、どうあっても私が先制を許したのは事実。向こうの猪戸君、やはり恐るべき逸材だ。齢19にしてクリーンナップにまで上り詰めただけはある。
「1番センター、唐須。背番号8」
……!ミラー監督……!?
「ああっと!これは……」
「バントですか……」
「えぇ……(困惑)」
「ちょっと消極的すぎひんか?」
「いくら長尾をこのまま続投させるにしてもなぁ……」
(バスター狙いか?)
相手バッテリーもおそらく何かしらの策に対して策を考えてるだろうが、実際は裏の裏。本当に純粋な送りバントが狙い。
(……一応、統計的にもノーアウト二塁なら有効だからNA。低迷してる時こそ凡事徹底、DAZE)
「打ち上げた!キャッチャー小池見上げて……」
「アウト!」
「バント失敗!ワンナウト!!」
「なーにやってだ……」
「そもそもこんなとこでバントやらせる奴、1番に置くなよ……」
……まだワンナウト。得点圏であることに変わりない。シングルでも全速力でホームまで帰ってみせるさ。
「2番ショート、数橋。背番号5」
「初球打ち上げた!」
「アウト!」
「3番ライト、ハンマー。背番号99」
「ストライク!バッターアウト!!」
ッ……!!!
「スリーアウト!チェンジ!!」
「なっさけな……」
「ピッチャーが長打打って1番から3番まで5球で凡退とか……」
「打つのも守るのも完全に長尾におんぶに抱っこじゃん……」
「何やっとんじゃ打線!」
「またチケ代返金やるんか!?」
……耳が痛いな。たとえ打線の話であろうと。
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「ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!!」
「試合終了、2-0!シャークス、またもやカード全敗……これで14連敗となります」
「あーあ、今日もかよ……」
「せっかくの休日なのに、来て損したわ」
「長尾ー!よく投げてくれた!」
「打線も明日からは頑張れよー!」
大型連休の期間ゆえに、こちらからでも子供連れの観客が大勢見えた。
プロ野球観戦というのはチケット代のみならず移動時間や移動費なども考えれば、日常的な趣味としてはやや敷居が高く、人を選ぶと言わざるを得ない。おそらく今日の観客の中には、試合の内容に関係なく観戦は今日これっきりという方も少なからずいるのだろう。そう考えると、ますますもってこの結果には申し訳なさが残る。
「「「「「…………」」」」」
精一杯の励ましのみならず、嘆きも当然こちらに届いてる。特に野手陣は顔を上げられず、黙々と帰り支度をするばかり。
だが、それでも私はチームの一員として、『野手陣も精一杯を尽くした』と信じる他ない。初球打ちだって立派な作戦だし、それが裏目に出ることなど野球をやっていればいくらでも経験すること。私とて失点したのも事実。各々の役割を果たした結果がこれなら、黙して受け容れるしかない。
『援護がないという言い訳は防御率0点台の投手だけが言えること』。それが私のポリシーなのだからな。
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