第六十話 貴女を超えるあたしになりたい(4/6)
******視点:柳道風******
「姫子さん!今日の祝勝会は焼肉にしましょうね!」
「姫子ー!満塁だべ満塁!」
「ホームランおかわりしても良いんだぞ!」
「勝ったな、風呂入ってくる」
「そんな小洒落た施設、このドームにあるわけないやろ(贔屓並の自虐)」
経営元も本拠地の場所も何もかも変わってしまったとは言え、ワシもかつては黄金時代のビリオンズの一員。そんなワシじゃなくてもわかる。ビリオンズベンチも、そしてビリオンズ側の観客も勝利をもう確信しとる。もちろん、対戦相手としてそうはさせんがのう。
「バニーズの守備は外野前進、内野もやや前寄りですね」
……と言っても、ワシとしては確率的に無難なことしかできんがの。今の若王子には小細工など通用せん。地力と時の運に頼る他ない。
(バニーズの二遊間……月出里さんと徳田さんと言いましたか?どちらも若いながら機転が利くようですわね。ならば……!)
「!!!初球引っ張った!!」
「「「「「おおおおおおおっっっ!!!!!」」」」」
「……しかし切れました!」
「ファール!」
「ファールボールにご注意ください」
「あっぶね〜……」
「完全に終わったかと思うたわ……」
(……やはりとんでもないな、満塁の時の若王子さんは)
(話には聞いてたけど、オーラがやばすぎ……友枝さんより怖い……)
強心臓の埴谷でも流石に顔を引きつらせておるのう。当然じゃな。こればかりは無理もない。正直、平時であれば若王子より優れた打者など歴代どころか現役でもいくらかは挙げられる。じゃが、今はその限りではない。威圧感が明らかに違う。
(今ので仕留められればそれが一番良かったのですが、まぁ構いませんわ)
「ボール!」
「2球目ワンバウンドボール!」
(萎縮するな、埴谷!外にしっかり投げ込めればまだ勝機はある!)
若王子は絵に描いたような『我が道を征く』タイプの打者。普段は自分のやり方でひたすらホームランを狙うばかり。そのブレなさはもちろん武器になるが、相手につけ込まれるという点では仇にもなる。
「!!これはファースト……」
「ッ……!」
「いや、切れましたファール!」
(危なかったぁ……今のフェアゾーン入ってたら抜かれてたよ……)
(いやぁん、外低め完璧なストレートだったのに……)
じゃが、奴のホームランはまさに数え切れぬ数の技術の結晶。自分が持ってる打撃の才能を『3割打つ』とかそういった他の目的にほとんど費やすことなく築き上げたようなもの。しかしそうしなければというよりは、根本的に打撃において非凡な才能を有してるからこそ実現できていること。
そしてそれは逆に言えば、『やろうと思えばそういうこともできる』ということでもある。ああいう、投手が思わず苦笑いするしかない芸術的な流し打ちもまた然り。
(バッティングの基本は『バットを内側から入れる』。よく言われる『インサイドアウト』というやつですね。ワタクシもその点については異論はありません。投球の軌道に対してスムーズにスイング軌道を入れる上でも重要な所作です。しかし、だからと言って馬鹿正直にひたすら内側内側に入れて内側からボールの真ん中を叩く意識だけ持っていても、特に先ほどのような外角球の場合だと、打球がスライスしてフェアゾーンに持っていける確率が減ります。さらに、内側に入れる意識だけでスイングをするとヘッドが上手く返らず、打球も当然飛びません。緩い球だと反発を生かすことさえできません)
「ボール!」
「近いところ!外れました!」
(よし、良いぞ!最後は外のカーブで……)
(外角球を強く、まっすぐに飛ばすためには……)
(……!右に来る!!)
「カーブ打った!」
「ああっ!?」
センター方向やや右寄り……じゃが!
「強いゴロ、セカンド抜けた!打球はそのまま外野の間へ!三塁ランナーはホームへ!」
「セーフ!」
「ホームイン!同点!そしてセカンドランナー回って……」
一瞬、右方向に踏み込みかけた徳田じゃったが、実際の打球方向は自身の位置よりやや左。それによって捕球に間に合わず。
あのゴロならあのまま外野の間も抜けるかと思ったが、赤猫が俊足を飛ばしてどうにか阻止。中継へ回すが……
「セェェェェェフ!!!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!!」」」」」
「ホームイン!逆転!逆転!7-6!ビリオンズ、逆転!サヨナラ!ベテランの力で再び試合をひっくり返しました!若王子姫子、まだまだ健在ッッッ!!!」
「お姉様ぁぁぁぁぁ!!!」
「撫子!」
「ホームインしたランナーに続いて、打った若王子も祝福!今シーズンの対バニーズ一戦目、苦しい展開ながらも見事に勝利を掴みました!!」
やはり間に合わんかったか……
「流石だべ姫子!」
「やっぱりウチの主砲はいつまでも姫子じゃ!」
「知ってた(白目)」
「あのオバハン、もうだいぶ衰えたはずやのに何で満塁やと……」
呆然とするばかりの埴谷と若い連中じゃが、それなりにキャリアのある連中はもう割り切っとるのう。まぁ埴谷はようやった。ただひたすらに、若王子が上手だっただけの話じゃ。
最近は得点圏打率などの状況別の打撃成績は『通算で見たら通常時と同じくらいに収束する』という理由で否定されることもあるが、『満塁での若王子姫子こそ球界最強打者』、こればかりはとてもまやかしとは思えん。歴代で若王子を上回る本塁打数の打者は10人20人とおるが、満塁本塁打の数で若王子を上回る者は1人としておらんのじゃからな。打率ベースでも普段3割打たんくせに満塁なら4割5割に軽く達するのじゃから、実に性質が悪い。
チーム単位で見れば、満塁に強い打者ほど頼りになる、あるいは厄介なそれはおらん。満塁以外であればどんなに優れた打者であろうとも最悪歩かせるという選択肢があるが、満塁ではそうもいかん。もちろん、満塁で敬遠も作戦としてはあり得るが、失点は絶対に避けられんし、点取りゲームで自ら失点を選ぶというのは心理的な悪影響も起こりうる。確率のスポーツで、限定的にとは言え『ほぼ確実』を生み出せてしまうのがいかに恐ろしいことか。
……奴はおそらく本質的には『ホームランを打つ』のが天才的というよりは、『後続に頼らず、自分の打席だけでより多くの点を取る』のが天才的なんじゃと思う。あれだけ拘ってるホームランも、本人の意識はともかく、実態としては目的ではなく手段なんじゃろう。ランナーがいなかろうが少なかろうがホームランは打てば確実に点をもたらすし、満塁であればホームランでなくてもさまざまな方法で点が取れるし、ホームランなら1打席で最も多くの点を取れる。奴のバッティングスタイルは、誰よりもその事実に忠実であることの証と言えよう。
『チームの得点を担う』という4番本来の役割を考えれば、やはり若王子は生粋の4番打者じゃな。もうとっくに自分の後継者が出てきてしまったが、案外今からでも返り咲きというのもあるかもしれんのう。
******視点:若王子姫子******
ファンの皆様に手を振りつつ、ベンチに一旦引き上げ。向こうのナインも大勢が俯き気味でベンチに戻って帰り支度。
セカンドの徳田さん、良い反応でしたわよ。ウチの監督は現役の頃、同じくセカンドを守っていて、『打つ寸前のバットの角度から打球方向を判断できた』と仰ってましたが、おそらくそれと同じか近い境地にいるのでしょうね……だからこそ、一歩目を見誤った。他の打者と同様に、打球がもっとライト寄りに飛ぶと予測した。それが思いの外打球が強くセンター寄りに転がり、この結果に繋がった。
『外角球をできるだけ強くまっすぐに打ち返す方法』……それは、『ボールを外側から叩くこと』。スイングはあくまで内側から出す意識なので、実際の結果は機械で観測したりすると違ってるのかもしれませんが、外側を叩く意識だとヘッドが早めに返って、バットに巻き込む形になってスイングの力を伝えやすくなりますし、内側から叩きにいくことでの打球のスライス回転を抑えることもでき、よりまっすぐに飛ぶようになります。単純にインパクトの瞬間にヘッドを押し込む意識付けとしても有効と言えるでしょう。
ただもちろん、ヘッドが早めに出てしまうのは急な変化への対応力を鈍らせてしまったり、手首がこねたりといったリスクも内包してますし、バッティングの基本がなってない者がやってもドアスイングの癖が付いてしまう恐れがあるので、広範的な技術ではなくスラッガー向けの応用的なものと位置付けるべきでしょうね。
若く経験がまだ足りなくてもセンスはある。それはとても素晴らしいことですが、今日はそのおかげで勝たせて頂きましたわ。
「若王子」
「監督……」
「今日は本当によくやってくれた。危うく継投ミスを叩かれるだけで終わりそうだったからな」
「いえ、自分の役割を果たしたまでです」
FAしなかったのも移籍や交渉がめんどくさかったのが一番の理由ですが、それでもこの球団に愛着があるのもまた事実。去年はせっかく10年ぶりに優勝できたというのにヴァルチャーズの後塵を拝する結果となってしまいましたからね。まだこうやって身体が言うことを聞いてる内に、雪辱を果たしたいところです。
「ところで、今日のヒーローインタビューだが……」
「あ、めんどくさ……若手を立てたいので、パスでお願いします」
「馬鹿もん、いつもいつもパスしやがって。今日ばっかりは出てもらうぞ」
……まぁしゃーないな、たまには。いつも通り『打てて良かったです』とか言っときゃ満足するやろ。はよ焼肉食べたいわ……




