第六十話 貴女を超えるあたしになりたい(3/6)
******視点:月出里逢******
自分の役割は果たせたけど、また十握さんに美味しいとこ持ってかれちゃった。あたしも必要以上にズボンを上げた方が良いのかな?
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、早乙女に代わりまして、埴谷。ピッチャー、埴谷。背番号21」
「きた!ハニーきた!」
「これで勝つる!」
「ハニーマジキュート!」
「みんなー!ありがとー!」
元のクローザーのカリウスが開幕から打ち込まれたから、今はルーキーの埴谷さんが務めてる。今のところはうまくいってる。マウンドに上がる前にビジター側の観客席の声援に応えてウインクしてみせるくらいの度胸を発揮してるんだからね。
「また、先ほど代走で入りました森本はそのままレフトへ、代打で入りましたイースターに代わりまして土生がキャッチャーへ入ります。3番レフト、森本。背番号24。8番キャッチャー、土生。背番号28。以上のようになります。9回の裏、ビリオンズの攻撃。2番ショート、六車。背番号6」
「ストライーク!」
「空振り!まっすぐ149km/h!」
「うーん、ほんと力強いまっすぐ放りますよねぇ……」
埴谷さんは女児向けアニメの変身ヒロインみたいな見た目の成人男性だけど、ピッチャーとしてはまごうことなき本格派右腕。150を超えるまっすぐとスライダーとカーブとフォークとチェンジアップもあって、どの球種も十分に制球できる。
「カーブ!引っ掛けてボテボテですが、俊足・六車……」
この人にもやり返しておかないと……!
「ショート前進して……」
「アウトォォォ!!!」
「ショートゴロ!月出里、ナイスプレー!」
「ベアハンドからの素早い送球、機敏ですねぇ」
「ほんまちょうちょの守備ええわぁ……」
「単純に一塁で刺すだけなら相沢以上ちゃうか?」
……と言うか、ここで刺しとかないと苦しいからね。
「3番セカンド、赤藤。背番号5」
たった1点のリードで、ここから球界屈指の強打者が4人も続くんだから。
「ストレート、これも引っ掛けてボテボテ!」
「おれがとる!」
「キャッチャー前進!」
(まずい……!)
「セーフ!」
「ああ〜〜……」
「なんとなさけない(バキィ」
「何送球逸らしとんねん……」
よく『代わったところに飛ぶ』とは言うけど、これもそういうことなのかな?ギリギリの攻防じゃそりゃ緊張もする。あたしだって常にクールビューティーを貫けてるわけじゃない。
「土生、ここでマウンドへ向かいます!」
「す、すまん……!」
「大丈夫ですよぉ♪こんなことだってあります♪お客さんもいっぱいいるんですから、笑っていきましょ♪」
あたし達の時の冬島さんとリリィさんもそうだったけど、十握さんと埴谷さんもルーキーなのに頼もしいね。
「4番ファースト、関。背番号33」
「一発頼むぞ関!」
「逆転弾ぶちかませ!」
「ワンナウト一塁、打席には昨年のホームラン王、関。今シーズンも既に5本塁打を放って現在1位」
(まともに勝負することはないからな?とにかく躱していくぞ)
(はい♪)
「ストライーク!」
「初球空振り!フォークから入っていきました!」
関さん……背は若王子さんと同じくらい、目元がパッチリしてて顔立ちは割と整ってるけど、昔ながらの長距離砲のイメージそのままの体型。スイングもイメージ通り荒々しい。
本人も"若王子さんの後釜"っていう自覚があったからかバッティングもプロ入りまもない頃は若王子さんを意識してたけど、やっぱりあの"柔"の極致みたいな打ち方はかなり人を選ぶみたいで、結局今のわかりやすい"剛"の打ち方を磨いて、リプのホームラン王に上り詰めた。
「ファール!」
「粘ります関!」
ただ、この人はパワーだけの扇風機じゃない。三振はもちろん多いけど、四球も結構選んでるし、3割近く打ったこともある。若王子さんと同じで、ホームランバッターである以前に打者として一流。脚を大きく挙げて自分の3桁の体重を全部乗せるような豪快なスイングをするけど、下半身がしっかりしてるから崩されずに最低限は喰らいつける。
「ボール!フォアボール!」
「あーっ、はっきりと外れてしまいました……」
(立場的にはっきりとは言えないけど、初めての球場だからマウンドがあんまり足に馴染まない……)
(自分のミスの有無に関係なく、埴谷を責められないな……初物対決で投手有利な部分があるものの、それでもルーキーには荷が重い場面だ)
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ファーストランナー、関に代わりまして、■■。■■が代走に入ります」
「さぁここでサヨナラのランナーを送り出してきました!」
「まだワンナウトですし、ビリオンズはこの回で決めたいですね」
「5番キャッチャー、若王子撫子。背番号10」
……今日はどのみちチームの勝ちにこだわるけど、特にこの人で勝負が決まるのだけは絶対に阻止する。若王子さんへの意識が少し変わったって言っても、あの人への妬ましさが薄まったわけじゃないから。
「ファール!」
(結構良いスライダー投げるな……これやと引っ張り込んでもまともに捉えられるか……)
「ええでハニー!追い詰めたで!」
「ストレート、詰まった!三遊間……」
「よっしゃ!抜ける!」
(捉えきれんかったけど、怪我の功名!)
ゲッツーと右方向への打球を意識してセカンド寄りに立ってた……けど!
「……ショート追いついた!」
(嘘やろ!?また捕られたんか!!?)
!!!??
「サードへ……ああっと!こぼした!」
「セーフ!」
「オールセーフ!記録は……ショートのエラーです!」
「セカンド寄りでしたけど、一歩目は素晴らしかったですね。追いつくまでは良かったんですが、送球前に慌ててこぼしてしまいましたね……」
やっちゃった……
(くっそ……あのちょうちょのせいで今日2本もヒット損したわ……!)
「今のエラーになるんか……」
「なまじ範囲が広いとなぁ……」
「まぁ内野で止めたおかげで同点は阻止できたんやし……」
やっちゃったのはもちろんあたしのやらかし自体もそうだけど、それ以上に……
「さぁ5-6、ワンナウト満塁!一打逆転サヨナラのビックチャンス!」
「6番サード、若王子姫子。背番号60」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
「姫子!姫子!姫子!姫子!」
「お姉様!決めてくださいまし!!」
満塁でこの人に回しちゃった……




