第六十話 貴女を超えるあたしになりたい(2/6)
******視点:伊達郁雄******
月出里くんのバントヒット、おそらく破れかぶれではないんだろうね。もう少し勢いを殺せてたら文句なしにセーフだったし、若王子くんのスローイングを考えれば、単純に打ちにいくよりは出塁の可能性があると考えたんだろう。やはりただのフィジカルだけの子じゃないね。
「1番センター、赤猫。背番号53」
「さぁワンナウトからようやく待望のランナーが出て、打席には1番の赤猫!今日は4打席でヒットはありませんが、四球3つに盗塁1つ、打点1で1番としての仕事を果たしております」
「最低限ランナーを進めたいところですが、勝ちにいくなら赤猫も出していきたいですね」
「ストレート打って……」
ファーストへのゴロ。おそらく進塁打にはなるはずだけど……
「!!!ああっとこぼした!」
「セーフ!」
「オールセーフ!記録はファーストのエラー!」
「あっちゃあ……」
「まぁ今のはしゃーない……かねぇ?」
関くんの守備は特別悪いわけではない。ファーストとしては上背不足なところがあるけど送球は堅実に捕れる。範囲よりも確実性の彼女が捕り損ねたのは多分バウンドが変わったから。
……また月出里くんが流れを変えてくれた、と考えるべきかな?
「2番セカンド、徳田。背番号36」
「ワンナウト一塁二塁でチャンス拡大、打席には徳田。今日はヒットも出塁もありません」
「惜しい当たりはあるんですけどね。何とか今の勢いに乗っていきたいところですが……」
一応、相手は徳田くんにとって相性の良い右のフォーク投手ではあるけど……
「ストライク!バッターアウト!」
「あーっ、外カーブ手が出ませんでした……」
(内の速球とかフォークなんて投げさせへんに決まってるやろ)
去年は特に序盤、"4割打者"として乗りに乗ってた徳田くんだから、当然向こうも研究してるか。『2年目のジンクス』なんてよく言うけど、そういうのは摩訶不思議なものじゃなく、きちんとした根拠のあるもの。
基本的に周りの流れがどうこうよりも自分の気分でパフォーマンスが左右されやすい徳田くんじゃ、この場面をどうにかできなかったことも必然と言えば必然か……
「これでツーアウト!ビリオンズ、勝利まであと1人となりました!」
「良いぞ良いぞ縁本!」
「味方のポカをカバーする守護神の鑑」
「まだや!まだやれるで!」
「ウチのゴールデンルーキーならやってくれるわ!」
「3番レフト、十握。背番号34」
「「「「「十握!十握!十握!十握!」」」」」
「ここで鬱憤ばらしや!」
「今度こそ1本頼むで!」
後のない状況、打つしかないこの場面でも十握くんは表情を変えず、いつも通りズボンを必要以上に上げてから打席に入る。ルーキーとはまるで思えないような頼もしさを醸し出し、そしてここまで結果を出してきてるのだから、観客があとワンナウトに怯えるよりも彼に期待するのは当然。今日4タコだけど、それを『実力不足』ではなく『不運』として捉えられてることがその証左。
(去年の分である程度攻略法がわかってる徳田よりも、いきなり出てきたこいつの方がよっぽど厄介や。それにしてもズボン上げすぎやろ)
(一応、打者としては撫子に近いタイプのようだが、今のところはっきりとした弱点はわかってねぇ……強いて言うならズボンを上げすぎてるくらいか)
配球的にはジャンケンに近いところだと思うけど、ルーキー相手ならおそらく……
「「「「「!!!!!きたあああああッッッ!!!」」」」」
「ライト方向大きい!」
「ファール!」
「ライト戦、ギリギリ切れました!」
「くっそぉぉぉ……」
「あと10センチほど……!」
(あっぶな……縁本さんの速球、普通にスピードも150超えてるのにいきなり捉えよった……)
……しかし、今のは痛いね。
(くそっ、ちょっと食い込んでくるのは知ってたけど思った以上に……!)
(まぁ怪我の功名だな。おかげで速球狙いなのは見えた)
配球読みが当たったのに仕留め切れず、ファーストストライクを取られてしまった。十握くんも縁本くんもお互いに実力があるからこそ、このわずかな差でも痛い。
「ボール!」
「……!」
「バットは……」
「ストライーク!」
「回りましたストライク!」
(しまった……ボール球を……!)
十握くんの選球眼もなかなかのものだけど、やはり精神的に不利な状況だとどうしても狂いは出る。
「さぁツーストライクと追い込まれました!」
「あと1球!あと1球!」
「タイム!」
「ここで一度打席から離れます!」
さすがだね。ここで一呼吸置くのは正解。
(僕ならやれる、僕ならやれる……今日これだけ月出里さんと赤猫さんがチャンスを作ってくれてるんだから、今度こそ……!)
表情があれだけ変わらなくても、気持ちが揺れ動くのは人間なんだから当たり前。試合で100の力を常に出すなんてまず無理。だからせめて80くらいのいつも通りだけでも出せるように工夫する。そのいつも通りを気持ちからではなくまずは行動から入って指針を立てるのがルーティンというもの。だから彼は、改めてズボンを上げ直す。
(ぶれることなんてない。難しい変化球は当てるだけで前に飛ばす必要なんかない。タイミングを合わせていけばバットは必ず届く。常に初志貫徹……!)
「ファール!」
「フォーク当てましたファール!」
(少し落ち着きを取り戻したか……けどボールカウントにはまだ全然余裕がある。構わず続けるで)
「ボール!」
「ファール!」
「ファール!」
「変化球にしっかり喰らいついていきます十握!」
「振りはダイナミックですが、しっかり当ててきますね」
「良いぞ十握!」
「リリィに繋いでもええんや!」
完全に根比べ。読み合いなんてもう今更ない。野球がフィジカルのスポーツかメンタルのスポーツか、どちらの比重の方が大きいかは意見の分かれるところだけど、両方必要であることは誰しもが認めるところだろう。
(!!浮いた……!)
(あ……)
「捉えた!右中間……」
「「「「「いけえええええッッッ!!!!!」」」」」
少し上がりすぎはしたが……
「落ちた!落ちました!!二塁ランナー月出里、一気にホームへ!」
「セーフ!」
「セーフ!まずは同点!そして一塁ランナーも三塁蹴った!バックホームは……」
(最後にまたアピールチャンス!)
(二度もやらせないわよ!!!)
「セーフ!!!」
「間に合いません!ホームイン!!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
「逆転!5-6、ツーアウトツーストライクから、ついにバニーズがリードを奪いました!」
「十握ァァァ!!!!!」
「ようやった!お前は男や!!」
「(女の子でも)ええんやで(ニッコリ」
空席が目立つビジター側の席だけど、だからこそ、観客の誰しもが喜んでるのがよく見える。どこか必死に表情を保ってるような感じだけど、二塁ベース上で十握くんは指を夜空に掲げる。
(あとほんのボール1個分低かったら……!)
(……しゃーない。野球は常に紙一重や。せめて傷口はこれ以上広げんようにせんとな)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。セカンドランナー、十握に代わりまして、森本。二塁代走、森本。背番号24」
「すごいよ十握くん!よくあそこから打ったよ!」
「ナイススラッギングデース!」
森本くんと代わってベンチに戻ってきた功労者を、ベンチ総出で出迎え。月出里くんが方向を変え、十握くんが勢いをつけたこの流れ。まだまだ欲張っていきたいところだね。
「4番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「押せ押せやぞリリィ!」
「もう一発ぶち込んだれ!」
(コイツ、これといった弱点がないのが厄介やねん……こういう悪い流れやと、基本的にジャンケンになると……)
「!!!スライダー打って……」
「よっしゃ!抜ける……」
「ショート追いついた!」
「うぇっ!?」
「ファースト送球!」
「アウト!」
「ああ〜……マジかよ……」
「ほんま六車カチカチすぎるやろ……」
……常勝軍団が大抵守備が良いのはこういうところなんだよねぇ。投げて打っての勝負だと運が絡みやすいけど、守備は大体が実力。だから悪い流れに呑まれることもあるけど、こうやって悪い流れを無理やり断ち切ることもできる。逆に守備の良くないとこってのは、常に流れに振り回されて連勝と連敗を繰り返し、良くて5割ほどしか勝てないことが多い。
「スリーアウトチェンジ!」
「これでスリーアウト!しかし9回の表、土壇場でバニーズが逆転!5-6、バニーズリードで9回裏に突入します!」
今日はどうにか勝ちの目が生まれたけど、今年もビリオンズは手強い敵として立ち塞がり続けるだろうね。




