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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
370/1152

第六十話 貴女を超えるあたしになりたい(1/6)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


 ……勝ち越されたのはしょうがない。せめて傷は最小限に。


「7番指名打者、坊井(ぼうい)。背番号1」


 ビリオンズ打線は下位でも油断なんかできない。坊井透(ぼういとおる)さん。若王子(わかおうじ)さんと高卒同期入団の人だから、プレーを観る機会も多かった。かつては打って走って守れる万能な人で、結構な歳になった今でも実力を信頼されてるのは背番号が証明してる。


「ストレート引っ張って一二塁間……セカンド間に合った!」

「ファースト!」

「アウト!」

「アウト!セカンド徳田(とくだ)好プレー!!」

「今日ちょっとパッとしなかった徳田ですが、ようやく真価を発揮しましたね」


 さすが火織(かおり)さん。一歩目に迷いがなくて間違えない。身体が柔らかいだけじゃなく動きも軽快だから送球までの動作もスムーズ。おかげで今みたいなのも余裕で間に合う。あたしセカンドほんと苦手だから素直に羨ましい。


(あっくんはもうマウンド降りちゃってけど、取り返していかないとね……!)


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「アウト!」

「サード正面!スリーアウトチェンジ!」

「助かったぁ……」


 前半は割と頻繁に試合が動いたけど、後半はお互いのリリーフが頑張って5-4のまま試合が硬直。この8回の裏は早乙女(さおとめ)さんの制球が乱れてピンチを招いたけど、運良く無失点。


「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、縁本(へりもと)。ピッチャー、縁本。背番号14」

「あと1イニングだべ!」

「逃げ切ってけ逃げ切ってけ!」

「今日も頼むぞ縁本!」


 1点ビハインドの最終回。当然向こうはクローザー。


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。8番キャッチャー、有川(ありかわ)に代わりまして、イースター。代打、イースター。背番号42」

「有川代えるかぁ……」


 キャッチャーも枚数が少ないけど、このままだとそもそも裏の守備すらできないからね。


「!!スライダー打って……」

「アウト!」

「あーっ、ショート正面ライナー……」

「お互い良い当たりは出てるんですが、どうも流れが硬直してますねぇ」


 またランナーなし……今日はそういう日なのかな?


「9番ショート、月出里(すだち)。背番号52」

「今度こそ頼むでー!」

「ちょうちょ!また流れ変えてくれ!」


 縁本良雄(へりもとよしお)さん。向こうのクローザーで、中継ぎとしても実績のある右の好投手。


「ストライーク!」


 去年は調子が悪かったけど、今年はこのフォークを磨いたとかで好調。


「ファール!」

「タイム!」

「あっと、バットが折れたみたいですね」


 そして一番の特徴はこのストレート……というより、ナチュラルなカットボール。スピードも普通に150出るからかなり打ちにくい。しかもまだ投げてないけど、他にもスライダーやカーブもあるし、むしろ元々はフォークよりそっちの方が武器。リリーフは球種を絞って球威に特化してる人が多いけど、この人はクローザーの割に引き出しが多い。今のあたしににとっては打つのがなかなか難しい相手。

 替えのバットを待ってる間、グラウンドを見つめる。けどやっぱり、若王子(わかおうじ)さんの姿が映りがち。もう30後半なのに、変わらず綺麗なまま。それでも全体的に身体のキレが落ちてるのは間違いない。一軍デビューからずっと追いかけてきたあたしだからよくわかる。


「プレイ!」


 若王子さんはただホームランを打つだけの人じゃない。何気に脚も使えるし、グラブ捌きも柔らかい。純粋にプロ野球選手として一流のセンスを持ってるからこそ、あんなに綺麗なホームランが打てる。

 だけど、弱点がないわけじゃない。


「……!!?」

(そうきましたか……!)

「バントした!サード方向!!」

「セーフティか!?」

「!!速……」


 右打ちだと特に左方向に打球を持っていくとスタートが遅れがちだけど、バントなら別。


「サード捕った!」

「よっしゃ!間に合うぞ姫子(ひめこ)!」


 前の打席のゴロがあったからかショートとサードが気持ち後ろめに守ってたのに、若王子さんのチャージが早い。この人は瞬間的な判断力がすごいから、走塁でも全然ミスをしないし、打球の緩急が強いサードの適性も高い。だからここまでは想定内。


「ファースト!」

「!!?これは……」

「アウトォォォォォォォ!!!」

「ええぞ!」

「ナイスフィールディング!」


「あーあ、若王子の守備あるのに下手な小細工しおって……」

「これやから若いのは……」

「やっぱちょうちょはおとなしくワイの嫁になって……」


 ジャッジはアウト……でも、あたしはベースを踏む瞬間に足元をちゃんと見てた。

 ベンチの監督(ジジィ)に向かって、『コレよろしく』と言わんばかりに胸の前で四角を描く。


(やれやれ、まーた勝手なことしおって……じゃがナイスじゃ)

「おっとここで(やなぎ)監督が出てきて……リクエストです!」


 若王子さんは肩は弱くないけど、昔からスローイングが不安定だった。


「この角度からだと……あー、これは……」

(せき)の脚が離れてますねぇ……」

「問題は捕ったタイミングになりますが……っと、ここで審判出てきて……セーフ!判定覆りました!!記録は月出里のサード内野安打!!!バニーズ、ここで同点のランナーが出ました!」

「チャージやグラブ捌きまでは完璧だったんですが、送球が若干逸れたのが仇になりましたね」


「ナイス判断やちょうちょ!(テノヒラクルー」

「さすがは期待の若手!(テノヒラクルー」

「ワイは信じとったで!(テノヒラクルー」


 憧れの人の弱点を突く。たとえ妄想でプロ入りが叶った後でも、そんなこと全く考えたことがなかった。でもいざ同じプロになれば、こうやって考え方も随分と変わっちゃうものなんだね。


(やってくれましたわね……!)


 クールな若王子さんだからあからさまじゃないけど、それでも笑みを浮かべながらも憎々しげにあたしの方を見つめてる。昨日までのあたしだったらショックだっただろうけど、今はむしろ望むところ。

 『"史上最強のスラッガー"になる』というのは、当然、『若王子さん以上になる』ということでもある。だけどその大きすぎるゴールにばかり目がいってて、その事実をふんわりとしか捉えられてなかった。

 でも、今ははっきりと言える。『貴女を超えるあたしになりたい』ってね。あの人は今でも"憧れ"だけど、そんなある意味"諦め"のような言葉だけで片付けるつもりなんて今はない。

 さっきの分をこの程度でやり返しきれたなんて思っちゃいない。『いつか目の前でアレ以上のどデカいやつを打ってやる』。そんな思いを込めて、あたしはあの人を見つめ返す。

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