第八話 あたし、頑張るよ(2/5)
……あ、そういえば佳子ちゃん大丈夫かな?あのイキリ眼鏡の面倒を引き受けてくれたけど。
「ふぅ……そろそろロングでやります?」
「……そうだね」
良かった。特に揉めることなく普通にやってるっぽい。
(こういうお節介な女子はほんと面倒だよ……昨日自分を馬鹿にした相手にまで優しくして。良い子アピールするのは結構だけど、ボクを巻き込まないでほしいね)
「秋崎、もう少し下がってくれる?」
「はい!」
(秋崎にしても夏樹にしても、同じ実力不足でも、ドラフト順位が一番下でも、旋頭コーチの前でも全く怯まず、ボクに便乗するでもなく自ら監督に噛み付いていったあの月出里って奴の方がよっぽど尊敬に値する。あの胆力はボクにさえない。プロならボクやアイツみたいにこうやって、自分の力で勝負しろって話だよ……!)
普通の人なら山なりでも届かなさそうなくらいの長距離。だけど、これみよがしのレーザービーム。
「ナイスボール!」
「うっひゃあ……凄い肩ですねぇ」
「流石に150km/h投手の肩はモノが違いますね……」
「秋崎!秋崎はギリギリ届く距離から投げてくれて良いよ!!もう少し近づこうか!?」
嫌味な笑顔で気遣うふり。だけどあのイキリ眼鏡、喧嘩を売る相手を間違えたね。
「大丈夫です!雨田くんはそこにいてください!」
「え……?」
佳子ちゃんは近づくどころか遠ざかる。試合するには少し手狭な二軍用グラウンドを目一杯使った超長距離。だけど……
「それじゃ、いきますよー!!!」
軽快なステップを踏んで、思いっきり放り投げる。
(は……!?)
あのイキリ眼鏡の肩がレーザービームなら、佳子ちゃんの送球はレーザーキャノン。少し逸れたからイキリ眼鏡はギリギリの捕球だったけど、どっちの肩の方が上かは素人目にも明らか。
「あの距離でノーバン一直線……!?」
「とんでもない肩やな、秋崎……」
一軍キャンプ組はみんな初めてだから、佳子ちゃんの肩にどよめいてた。驚いてたのはあのイキリ眼鏡も例外じゃなく、グローブに収まったボールをしばらく見つめた後、渋い顔をしながら佳子ちゃんの元へ向かっていった。そしてやっぱりそんなイキリ眼鏡を、神楽ちゃんはニヤニヤしながら見つめてた。
「……秋崎、キミの遠投のベストは?」
「えーっと、確か132m……でしたっけ?」
(132……!?ボクよりも15も上……!!?)
あの超強肩に加えて、50m走もあたしより少し速い5秒8。流石にあたしほどの筋力はないけど、それでも名門校で4番エースを任されてたほどの長打力を誇る、まごうことなきフィジカルエリート。ピッチャーとしては140km/hちょっとしか出せなかったらしいけど、野手ならきっとこの俊足強肩は大きな武器になるはず。
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「センター!」
「え……あれ!?もうちょっと後ろ!!?ああ〜〜……」
あたしのノックに対して、佳子ちゃんの見事なバンザイ。外野は専門外だから偉そうなことは言えないけど、経験不足が祟って落下点予測が全然できてないのは間違いない。あの位置で佳子ちゃんの脚だったら十分間に合うはず。
「まぁずっとピッチャーやってたからなぁ……」
「あれだけ凄い身体能力してるんだから将来的には是非センターかライト、もし内野やるならショートかサードで大成してほしいけど、現状はレフトが良いだろうね……本職ライトの松村くんに、守備職人の有川くんもいるんだし」
「それにしても月出里ちゃん、君ノック上手いな……ノーミスな上に、どれもこれも捕球できる範囲ギリギリの良いとこをついとる」
「ありがとうざいます!」
冬島さんに褒めてもらえた。確かにノックには自信があるけど、それよりも試合で打てるようになりたい。
「ほんじゃ次は二遊間を重点的に見ていくか。リリィ、ノック頼むで」
「おうよ」
「逢ちゃん、頑張ろうね!」
「はい!」
二遊間はセカンドに火織さん、ショートにあたしでほぼ確定。
「ほないくで!」
リリィさんはスイッチヒッターだから基本は左で打つ方が多いはずだけど、右利きだからかノックの時は右で打つらしい。そんな右からのノックを、あたしと火織さんは次々と捌いていく。
「うんうん、どっちも良い動きだね。徳田くんは動作が精錬されてるし、月出里くんは荒削りながらも身体の強さを感じさせる。ただ、問題なのは……」
「次、4-6-3!」
一二塁間への強いゴロ。それでも火織さんの守備範囲なら余裕。なんだけど……
「逢ちゃん!」
「あっ!」
二塁にカバーに入ったあたしは、捕球こそできたけど右手で握り損ねてしまった。
「す、すみません……」
「どんまいどんまい!アタシも逸らしちゃってごめんね!」
確かに火織さんの送球も少し難しくはあったけど、ミスをしたのは一塁への素早い送球を意識するあまりに無駄に慌ててしまったあたしの方。昔からどうにも連携プレーが苦手なんだよね……何というか、他の味方の動きはどうにも予想がつけづらい。
「まぁいくら個々の守備力が良くても、いきなり完璧な連携は難しいわな」
「……そう言えば月出里くんって、サードの練習もやってるんだよね?」
伊達さん、藪から棒にどうしたんだろ?
「あ、はい。元々内野は全部経験してますし、相沢さんのこと考えたら、むしろサードやる可能性の方が高い気がしますからね」
「それは都合が良い。この1週間はショートの練習をみっちりしなきゃだけど、ついでにサードの練習もしといてくれないかい?」
「え……?何でです?」
キャプテンの冬島さんも不思議そうに聞き返してる。
「理由はまた後で説明するよ」
「そ、そうっすか……」