第五十九話 誉れ(4/9)
******視点:月出里逢******
1回はお互いに動きが多かったけど、2回はキャロットのシングル以外にこれといった動きはなし。あたしにも一応守備機会があったけど、まぁ何でもないショートゴロだったしね。
「3回の表、バニーズの攻撃。9番ショート、月出里。背番号52」
今日のゲストを楽しませるのはここから。
(ふぅん、コイツが例の"ちょうちょ"って奴か……どことなくうちと似てるな。うちの方が可愛いけど)
打席でグリップの確認とかしてると、キャッチャーの方の若王子さんと目が合った。
……今日はなおさら頑張らないとね。あたしとしてはこの人に負けたくないし。
「ファール!」
「1球目ファール!151km/h!!」
(逢ちゃんが初球から……)
(基本粘るタイプで初球からはあんまり仕掛けてこないって話やったけど、普通に振ってきたか……)
もちろん、最悪なのはアウトだから無理をしすぎるつもりはないけど、それでも今日は気持ち積極的にいきたい。
ビリオンズを含めてどこの球団のファンでもなかったあたしだけど、ビリオンズに入団したいって気持ちは実はあった。地元から離れるのはめんどくさいし、何よりもあたしが"若王子姫子の後継者"って呼ばれたかったからね。若王子さんの前か後を打って、若王子さんが引退したらあたしが代わりに4番に立つ。そんなことをずっと妄想してた。
そんなあたしだから、そういう立場の関さんとか、あの人の妹で同じ球団に入れた撫子さんが正直妬ましくてしょうがない。あの人に素っ気なくあしらわれるのもそれはそれで嬉しいけど、やっぱり撫子さんみたいに可愛がってもらいたい。
「ボール!」
「ボール!」
「ファール!」
もちろん、すみちゃんに拾ってもらってバニーズにいる現状に不満はない。けど、負けっぱなしは嫌。
「ファール!」
(ファンの目線で見てると、このスイングでこんなに当ててくるのは頼りになるけど、投手としてはやっぱり嫌だなぁ……)
(……コイツ、ちょっとヤバイ奴かもしれへんな)
「ボール!」
「インコース厳しいとこ!」
(す、すみません!撫子さんの指示で……)
まぁこれくらいはどうってことない。
相手投手の得意不得意なんてその時期その時期で色々変わってきたけど、今はこういうタイプが一番勝負しやすい。確かに荒れ球でコースが読みにくいところがあるけど、それでも色んな球種をコロコロと使い分けるタイプよりはイメージとのズレが起こりにくい。
あとはメスゴリラ師匠の教え通り、基本は外野の間を抜くことを意識すれば……
((!!?))
「外捉えて……センターとライト下がって……落ちました!」
「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」
「2ついけるぞ2つ!」
ほんとは撫子さんと同じくスタンドまで持っていきたかったけど……こうなったら!
「!?バッターランナー二塁蹴って三塁へ!」
「万梨阿!早よ返球や!!」
(またしてもアピールチャンス……!)
さっき赤猫さんを刺したライトの守備力は織り込み済み。若王子さんもサード守備が上手いのは尚更よく知ってる……
「……セェェェェェフ!」
「「「おおおおおおおッッッッ!!!!!」」」
「スリーベース!月出里、2試合連続のスリーベース!」
だから、『ギリギリ間に合う』のが却ってありがたい。
「やりますわね。お歳は?」
「えっと……19です……」
「若いですわね」
『三塁で憧れの人にタッチしてもらえた』。羨ましいと思ってた振旗コーチの経験を再現できた。あたしはアウトにならずに間に合わせたけどね。そしてようやく、こうやって言葉を交わせた。
……今日はもう、後の打席は全部凡退でも多分悔いは残らないだろうね。ウヘヘヘヘ。
「1番センター、赤猫。背番号53」
「3点差やぞ!欲張って打ってけー!」
「繋いでけ上位打線!」
三塁ランナーとしてのこの立ち位置。若王子さんの三塁守備をしてる時の凛とした表情を誰よりも近くで見れる特等席。インプレー中だから当然ボールの行方に注視すべきなんだけど、やっぱりほんの少しの隙を突いて若王子さんの方を見てしまう。長い銀髪に、ちょっと吊ってる赤い大きな目。うーん、ほんと綺麗……
「ファースト!」
「ファースト関、そのまま一塁へ……」
「アウト!」
「セーフ!」
「三塁ランナーはホームイン!3-1!」
この点差だから、目先の1失点よりもアウト優先。当然の判断だね。もうちょっと若王子さんのそばにいたかったけど、まぁ仕方ない。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
「これでワンナウトランナーなし、打席には2番の徳田」
「それでも上位ですからね。早い内に追いついておきたいところでしょう」
最近の火織さんはどことなく調子が良くない。今日は氷室さんが投げてるんだし、ここから挽回していくと思うけど……
「打ってこれは……六車捕った!」
「「「おおっ!」」」
「ファースト!」
「アウト!」
「ファインプレー!名手・六車、今日も魅せます!」
火織さんの引っ張りを考えて内野がちょっと右寄りに守ってたのに、三遊間のあの打球を間に合わせた……GG賞は飾り扱いされることも多いけど、六車さんの守備はそれに全く当てはまらない。肩はそこまで強いわけじゃないけど、単純に捕れる範囲が広くて、捕ってからの動作があまりにも速すぎる。まるで手品でも見てるかのような手際の良さ。
「アウト!」
「セカンドライナー!赤藤捕ってスリーアウトチェンジ!!」
十握さんは今日も調子が良さそうだけど、運悪く真ッ正面。これは仕方ない。
今年のビリオンズは開幕でヴァルチャーズにスイープされたのが尾を引いてるけど、それでもやっぱり手強い。でもせっかく家族や先輩達が来てくれてるんだしね。あたしだけだったら若王子さんと試合できるだけでも大満足だけど、やっぱり勝つところも魅せたい。
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