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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第五十九話 誉れ(3/9)

「さぁ先制したビリオンズ、ツーアウト二塁でなおもチャンス。打席には昨年のベストナイン、打撃好調の若王子(わかおうじ)

「よろしくお願いいたしますわ」


 銀髪の、まだ20代前半の若い女の子が(しと)やかに左打席に入る。確かに見た目だけは良いところのお嬢様みたいだけど、そんな振る舞いをしたところで根はヤンチャなのはもう世間に広く知れ渡ってるのにね。

 若王子撫子(わかおうじなでしこ)若王子姫子(わかおうじひめこ)の12歳年下の妹で、同じ大阪桃源(おおさかとうげん)出身。背丈は月出里くんと同じかそれ以下くらいで、月出里くんよりもやや肉付きのある体型。可愛らしい顔立ちで髪型もシルエットが似てるから、月出里くんとも姉妹と言われても違和感がない。

 そんな彼女だけど、キャッチャーというポジションでありながら12球団最強のビリオンズ打線のクリーンナップを任されてるんだから、当然それに見合う実力を備えてる。


(ほんじゃ追加点頂くで、イケメンくん)


 ただでさえ小柄なのに身体を沈ませて重心を落とすから余計に小さく見える構え。そしてさらに左打ちだから、構えだけを見てるとストライクゾーンを狭めたり、当てて脚を活かしやすくして出塁を重視してるような印象を受けるけど……


「ボール!」

「ファール!」

「えっぐ……」

「あんなちんちくりんなのにほんますげぇ振り……」

「バットがめちゃくちゃ長く見えるわ」


 ご覧の通り。スイングを一目見れば誰しもが認識を改める。彼女のこの構えとスイングはまさに固定砲台。前脚を挙げるというよりは前にピンと伸ばすような動きで軸脚に体重をかける独特のスタイルから、全身をフルに使い、シャープなスイングを繰り出す。フォロースルーも豪快で、そのヘッドスピードとトップからの軌道は、まるでバットという棒ではなく長い鞭をしならせて振ってるかのようにも見える。


(初球から当ててきたか……)


 当てられるのは想定内。球威で圧せただけまだマシ。彼女は基本的には最近よく見かける右投げ左打ちのプルヒッターではあるんだけど、他のこの手の打者と比べてとにかく単純に当てるだけじゃなくタイミングを合わせるのも抜群に上手い。


「ストライーク!」

(よし、追い込んだ!これで決める……!)

(!!何の……!)

「ファール!」


「ファッ!!?」

「今のフォーク当てるんか……(困惑)」


 そして、この手の打者の多くが苦手な膝下に落ちる球もこんな感じで身体をさらに沈ませて拾ってくる。この打ち方だと腕や上体を無理やり伸ばしたり片手を離すようなカットと違ってスイングの軸を変えることなく強く当てられるから、タイミングがもう少し違ってたらタダじゃ済まなかっただろうね……

 こんなことを平然とやってのける以上、キャッチャーの僕からしたら、どんな投手に何を投げさせても綺麗に捉えてしまうビジョンが思い浮かんでしまうから、単純な数値で上回ってる棟木(むなぎ)くん辺りの打者よりも彼女の方がよっぽど厄介に感じる。


「ボール!」

(去年と変わらず、顔だけやなく投げてる球も好みのええ男やけど、どうも今日はまだ地に足が着いてへんみたいやな)


 上ずったストレートを捕って、落ち着くように低め低めへのジャスチャをしてから返球。確かにさっきのの後じゃ低めには投げづらいとこだろうけど、角度を付けさせなければ打球は大体セカンドゴロにできる。徳田(とくだ)くんの守備範囲を信じて、しっかり投げ込んでくれ。


(外バックドアスライダー……通ってくれ!)


 ……!まずい……


(もろたで!)






「!?これは……センターとライト下がって……入りましたホームラン!!ビリオンズ、2点追加3-0!!!」

「おっしゃあああああ!!!」

「妹たそ最高なんじゃ^〜」

「やっぱ最強打線には"打てるキャッチャー"が必須だよな」

「いやぁ、気持ち良いくらい飛ばしますねぇ……姉とは対照的な弾丸ライナーですが、あんな小さな身体でよくあそこまで飛ばしますよ……」


 高さこそ甘かったけど、十分外寄り……それを右中間の深いとこまで一直線……


「よくやりましたわね」


 割と無愛想で通ってる姉の方の若王子くんだけど、こればっかりは嬉しさを抑えられないのか、満面の笑みで妹を真っ先に迎え入れて手を差し出す。


「お姉様……隙ありィ!」


 なのにタッチを交わすと見せかけて、ふざけて指で頬をつつく。


「ほんま撫子(なでしこ)は……」

「んっふっふ。ありがとね、お姉」


 姉の表情は変わらず。クソガキ根性丸出しでも、歳の離れた妹が可愛くて仕方がないんだろうね。


 ……プロ野球の今と昔の明確な違いは、『選手間のレベルの標準偏差』……要するに『上手い下手がはっきりしてるかどうか』。才能のある選手なら若い内から無双できた昔と違って、今は技術が広く浸透してるから、極端に傑出した選手というのが少ないし、エース以外の先発陣や下位打線なんかも一定以上の働きが期待できる。

 僕が幼い頃には、まさにこのビリオンズに高卒1年目で30本塁打を放ったすごい人がいたけど、プロの平均的なレベルが上がって標準偏差も小さくなった今では、高卒間もない子がいきなり活躍なんてことはなかなかできなくなった。特に野手は投手のレベルだけじゃなく木製バットにも適応しなきゃだから、余計に厳しい。

 だけど彼女はこの現代において、規定打席の4分の1程度とはいえ、高卒1年目にして一軍でOPS.900を超えてしまった。二軍でもそれだけできればスター候補扱いだってのにね。"大阪桃源史上最強の左打者"の名に恥じない逸材ぶりを見せつけて、去年は遂にベストナイン。球界を代表するスターへとのし上がった。

 姉とはバッティングスタイルが真逆と言って良いほど違うけど、『スラッガーとして類稀(たぐいまれ)な才能を有してること』と、『どんな投球でも自分の型にはめて自分らしい打球に変えられる』という点では全く同じ。僕もまぁ"打てるキャッチャー"とは言ってもらえるけど、キャッチャーとしてはともかく、バッティングじゃ若い頃の僕でも足元にも及ばないだろうね……


(ワタクシも負けてられませんわね)

「6番サード、若王子姫子(わかおうじひめこ)。背番号60」

「お姉様も続けー!」

「姉妹で連続アーチや!」

「ホームランホームラン姫子!」


 かつての不動の4番打者、若王子姫子(わかおうじひめこ)。確かに衰えは見られるけど、それでも去年も30本近いホームランを量産。これだけの打者を下位に置けるビリオンズ打線がすごいだけで、他球団なら今でも十分に主砲をやれるだけの力が残ってる。


「ストライーク!」


 それでも、『豪快なスイングで柔軟に対応する』妹と比べれば、『柔軟なスイングで豪快に飛ばす』姉はまだやりようがある。


「ストライク!バッターアウト!」

「いつもの」

「まぁランナーいなかったし、初っ端から3点なら十分だろ」

「上がガンガン打ってくれるから、お姉様は安心して振ってくれたらええわ」


 ホームランを量産する技術に関しては間違いなく現役選手の中で最も優れてる彼女だけど、ホームランを狙いすぎてるのが災いしてか、好打者の基準たる『打率3割』は今まで一度も達成したことがない。そして三振の数も歴代最多を更新しうるペース。追い込まれようが何の躊躇もなく狙ってくる。もちろんそれ故の怖さもあるけど、『当たりさえしなければ』というのがあるのはバッテリーにとっても安心できる要素になる。


「すみませんでした……」

「ドンマイドンマイ!球は走ってるし、しっかり修正もできてるよ。打線を信じて、いつもの投球をやっていこう」


 さっきの一発で吹っ切れたのもあるんだろうけど、この打席に関しては氷室くんの本来の制球力を発揮できた。ウチの打線も今日は悪くなさそうだし、まだまだ勝算はある。初回はこんなんでも、そう荒れた試合にはならないさ。


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