第五十八話 憧れ(4/6)
試合が終わって、すぐに大型バスに乗車。今日か明日絶対に移動で疲れるなら今日の内の方がまだマシ。でもやっぱり試合の疲れが残ってるから、今は靴まで脱いでフットレストに足を乗せてのんびりとタブレットでエゴサ中。そういえばあたし、一軍でまだ三振してなかった。今気づいた。
今週は遠征だらけ。明日金曜日からのカードもビジター戦。移動距離がより長いリプだと、同じ関東の中を行き来するだけで済むならまだ良い方なんだけどね。
それに今回の遠征に関しては、あたしにとっては長らくの待望でもあるし。
「〜♪」
「ん?」
隣に座ってる神楽ちゃんが何やら上機嫌でスマホをいじってる。今日は試合に出てないし、活躍したのは一昨日。何か前に投資とかもやってるって言ってたけど、そんなことでテンション上がるタイプじゃないはず……
「どしたの神楽ちゃん?」
「んふ〜♪実はさー、ここだけの話なんだけど……」
「何?」
「最近カレシができたんだよなぁ〜♪」
「わお」
ああなるほど。聞いてほしかったんだね。
「で、メッセージ送り合ってるの?」
「そういうこった」
「どんな人?」
「こんな人だ」
神楽ちゃんがスマホの画面を見せびらかしてくる。なかなかの男前。髪も服装もパキッとしてて垢抜けた感じの人。あたしくらいひねくれてると、『何か儲かる仕組みとか言って、改行だらけの自分語りでページ数稼いでるPDFとか売りつけてきそう』って印象の方が先にくるけど。
「ふぅん。どこで知り合ったの?」
「投資関係のセミナーでな。大阪住みで専業トレーダーやってるんだってさ」
「……専業?他にお仕事とかしてないの?」
「今時はそういう人もいるんだよ」
うーん……まぁ他でもないあたし達もなかなかハイリスクハイリターンな仕事をしてはいるけど……
「いやぁ、子供の頃からずっと野球野球で……まぁそれは別に良いんだけどな?でもやっぱこういうのに憧れてたんだよなぁ。昔っから無駄にデカかったから余計に縁がなかったし……」
「むしろ小学生くらいだったら背の高い子の方がモテるんじゃない?」
「少なくとも校舎裏で告白とか下駄箱にラブレターとか、そういうのは全然なかったなぁ。野球関係だと周りはみんな競争相手でそんなん考えてる余裕なかったし」
今を思えば正直ちょっと羨ましい。小学生の頃はお金にも困ってなかったから良い思い出の方がずっと多いけど、やっぱりプロ入りで苦労したことを考えたら、たとえ中学で一度辞めるにしてももうちょっとレベルの高い環境でやってたら良かったなって。
……それで違う学校に行ってたら、こんなふうにもなってなかっただろうし。
「逢なんてむしろモテてしょうがなかっただろ?最近は卯花さんとか連れ歩いちゃってさ……カレシとか途切れたことないだろ?」
「まぁモテるのは否定しないけど、でもあたしだってカレシは今までで1人だけだよ?」
「……卯花さんか?」
「あの人は違うよ」
まだ……ね。
「まぁでも逢ならむしろそれくらい選り好みしてもおかしくないか」
「わかってるね。そういうこと」
「そうなると逆にその1人すげぇな」
「逆にそいつのせいでカレシは大人になるまでもう要らないって思ったんだけどね」
「……何かあったのか?」
「聞きたい?」
「いや、やめとく……」
急に引きつった顔になる神楽ちゃん。冷静に返したつもりだったけど、あのクソ野郎への恨みつらみが顔に出てたみたい。
「それに多分、モテるって言っても佳子ちゃんには敵わないだろうね」
他人の恋愛事情なんて興味ないけど、無理矢理にでも話題を変える。
「あれは流石になぁ……でもあそこまでいくと苦労も多いだろうなぁ」
「……前の握手の時みたいな?」
「それもあるけど、去年逢だけよく遠征に出てた時期とか……」
「何かあったの?」
「ダベッターでその……DMで男の人のが……」
「ああ、凸だの何だのってやつ?」
「……もしかして、逢もされたのか?」
「SNSではないけど、リアルでなら」
「うわ……」
状況はそういうのとはちょっと違うんだけどね。
「ああいうのよくやるよなぁ。通報とか怖くないんかね?」
「欲に溺れた人は後先なんて考えないよ」
「やっぱそういうもんなのか?」
「そういうもんだよ」
まぁ氷室さんのファンの火織さんへの当たり方とか見てると、そういうのに男も女もないんだろうけどね。
あたしもそうならないように気をつけなきゃね。ようやく憧れの人に逢えるからって。
……純と卯花さんへのセクハラもまぁ、気が向いたら。
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