第五十八話 憧れ(2/6)
4月11日。開幕してもう2週間。もうすぐ同じリーグ内での対戦カードが一周するって時期。
そして今日はアルバトロスとのカード3戦目。正確には昨日雨で試合が流れたから2戦目。
「9番ショート、月出里。背番号52」
「5回の表、1-0、アルバトロスが1点リード。先頭打者は月出里。高卒2年目の若い選手ですが、今シーズンは現在のところ全試合で9番ショートとしてスタメン出場。第一打席はセカンドゴロ……」
「続け続けー!」
「ちょうちょー!今度こそ塁出ろやー!」
「引っ掻き回したれー!」
「ストライーク!」
「ボール!」
「ファール!」
プロに入る前からよく『同じプロでも一軍と二軍は大違い』って感じのフレーズを色んなとこで聞いたけど、まさにその通り。去年の二軍の夏頃からとか、秋季リーグの時とかみたいにはなかなか打たせてくれない。
二軍にだって雨田くんみたいにすごい球を投げれる人はいるけど、一軍ではあれにプラスアルファでやたら球種が多かったりコントロールが良かったり、中には投球モーションのリズムを変えてタイミングを微妙にずらしてくる人もいる。やっぱり何千万、何億ともらってる人とか、何年も同じプロを相手にしてる人は違う。ただ球を投げるっていうのだけで色んな工夫が見えてくる。
けど……
「ファール!」
「ええでええで!」
「よう粘っとる!」
やっぱり当てるところまではどうにかなる。むしろ当てるまでなら一軍の方がやりやすい気がする。もちろん、絶対ってことはないけど。
そしてそれと同じで、一軍の投手だからって絶対に狙ったところに投げられるわけじゃない。
「ボール!フォアボール!」
「8球目!選んでフォアボール!」
「逢ー!ナイセンナイセン!!」
これが今一番の安牌。あたしだってちゃんと打って出たいけど、一軍の投手の投げる球ってなかなかイメージと噛み合わないから、無理にフェアゾーンに持っていってもさっきの打席みたいにただのゴロとかポップフライにばっかりなるんだよね……よしんばヒットになってくれてもシングルばっかり。だから、今の打率は多分2割前後ってとこ。
……ま、正直こうなることは覚悟してたけどね。一軍と二軍の違いはあれど、去年の今頃と大体同じだから。夏頃から打ちまくれたのだって、あたし自身が打ち方を見つけられたってだけじゃなく、それまでで二軍の投手の球筋を観てこれたのも多分大きい。今を思えば、あの燻ってて悔しかった頃は無駄じゃなかったってわかる。
だから今はとにかく一軍の球筋に慣れるのが目標。せっかくのアルバトロス戦だから鹿籠さんにリベンジしたいって気持ちもあるけど、このカードに関しては鹿籠さんがまだ二軍で本当に助かった。ただでさえ一軍の投手を相手にするだけでも大変なのに、あんな過去最高にわけのわからない投手の相手なんて無理。確実に感覚が狂う。ヘタレてるって自分でも思うけど、今だけはちょっと勘弁してほしい。
ただ当然、そうやって慣れる機会だって試合に出してもらわないと作れないわけだけど、その辺は去年と事情が違うから少し安心。まず何より『ショート不足』っていう事情もあるし……
「!!一塁ランナースタート!」
(やっぱりか……!)
「セーフ!」
「セーフ!盗塁成功!!月出里、これで今シーズン4つ目!何とプロ入り以来失敗なしの5連続成功となりました!!」
「「「「「うおおおおおっっっ!!!!!」」」」」
「ほんとにバニーズは脚が使える選手が次々と出てきますねぇ……」
これがあるからね。二軍にいた頃に積み重ねたものが今の信頼に繋がってるわけだから、やっぱり実績は大事。実績がほとんど無いに等しかったせいでプロ入りさえ諦めかけてたくらいだから、嫌というほど痛感する。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
ノーアウト二塁は高確率で点が入る……なんて誰が言ったんだか。盗塁以外でも走りでアピールできることはあるのに、後続が三振ばかりじゃね。あたしの盗塁のためにカウントが悪くなることもあるのは申し訳ないけど。
「5回の裏、アルバトロスの攻撃。1番センター、高座。背番号4」
「アッキー!さっきのお返しだべー!」
「高座!出塁頼むぞ!」
まぁある意味師匠なこの人の前で良いとこ見せれたのは良いか。高座愛生さん。火織さんの高校時代の先輩。走塁に関して僧頭コーチに教えてもらったことも参考になったけど、ああやって盗塁が上手くなったのは去年高座さんの走りを間近で観られたのも大きい。
「!!セカンド高いバウンド……」
(間に合わせる……!)
「徳田捕って一塁転送!」
(ナイスプレーですねー火織さーん、ですけどー……)
「セーフ!!!」
「セーフ!セーフ!間に合いません!セカンド内野安打!」
「いやぁ、あれがヒットになっちゃうんですよねぇ……高座の場合は」
(もーほんと愛生さんは……!)
一度高く跳ねたゴロがショーバンしたところを、右手で叩くようにしてそのままファーストまで一直線の送球。火織さんの守備には何の落ち度もない、完璧な対応。ほんと同じ右打者なのが信じられないくらい一塁に着くまでが早すぎる……
「一塁ランナースタート……」
「セーフ!」
「送球間に合いません、セーフ!盗塁成功!」
(参ったなぁ……一番良かった頃の僕でも果たして刺せたかどうか……)
「流石や"美浜の妖精"!!!」
「内野ゴロが二塁打になるの最高だべ!」
「お願いだから今年は怪我しないで(懇願)」
肩だけで言えば冬島さんの方が強いと思うけど、伊達さんだって別に弱くないし、ショートとして安定してタッチに入りやすいのは伊達さんの方。これで無理じゃ、この人はほんととにかく三振かフライを狙うしか無いね。
「これで高座は今シーズン5つ目、月出里を抜いてリーグトップとなります!」
「ハイペースですねぇ……昨今はほんと盗塁の数が減ってきてますけど、今年は高座と月出里、そして赤猫辺りでハイレベルな争いが見られそうですね」
ま、盗塁を売りにしてる人達には本当に申し訳ないけど、あたしにとって盗塁は好きではあるけどあくまでスラッガーになるための手段。だからベストは尽くすけど別に数で競うつもりはない。アウトなるの嫌だし。
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「放送席ー、放送席ー、そしてファンの皆様、お待たせいたしました!ヒーローインタビューの時間です!本日のヒーローは9回にプロ入り第一号の勝ち越しホームランを放ちました、十握選手です!」
「「「「「おおおおおおおッッッ」」」」」
「三四郎!三四郎!」
「ゴールデンルーキー様のお出ましじゃあああああ!!!」
5回まで1点ビハインドだったけど、6回に追いついて、9回に勝ち越し。あたしも盗塁して久々の長打も打ったけど、点に関わってないんだからビジター用のヒーロー一人になんて選ばれるわけがない。
やっぱり走ったり守ったりよりも、あんなふうに打ちたい。ようやく明日逢えるであろうあの人みたいに。
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