第五十八話 憧れ(1/6)
******視点:月出里逢******
3月30日。開幕戦の次の日。
開幕戦は金曜日の夜が多く、土日はデーゲームが多い。プロではよくあること。今日もそう。まぁ二軍じゃお昼から試合が普通だったし、元から早寝早起きを心がけてるから、生活リズムに関しては問題ない。昨日ナイターだった分、少し寝るのが遅くなったけど、睡眠時間は守れてる。
それより練習は……うーん、球場入りするまでは部屋で適当にやるしかないかな?とりあえず朝食べに行こっと。神楽ちゃんはまだ寝てるかな?いや、別に一人で良いか。前のこと反省して遠出せずにできるだけ人目のあるところで行動はするけどね。
「……あ」
エレベーター前でまたしても卯花さんと遭遇。
「お、おはようございます……」
「おはようございます」
「えっと……お食事ですか?」
「はい。昨日目についたラッキー■エロってとこ、ハンバーガー屋さんらしいからちょっと寄ってみようかなって。卯花さんも?」
「はい。おれも下のコンビニで適当に済ませようかなって……」
「ドアが閉まります」
エレベーターが到着して、一緒に中に。ボタンに手を伸ばす途中であたしが一階のボタンを先に押すのを見届けたら、わざとらしく奥の隅にもたれかかる。同じように距離感こそあったけど平然としてた昨日とは打って変わって、目に見えてよそよそしい。ってことは……
「……卯花さん」
「はい」
「昨日、使いました?」
「うぇっ!?ななな何の話ですか!!?」
「あ。すみません、噛んじゃいました。『疲れました?』って聞いたんです。一番遠い遠征先ですし」
「あ、ああ……大丈夫ですよ。本業とかでそれなりに鍛えてますから……」
「……そういえば、コンビニって下着とかも揃えてるとこありますよね?」
「うぇっ!?あ、はい……そうですね。下のとことかホテルの近くですしね……」
その反応……図星みたいだね。ケケケケケ。
まぁ今までにあたしと関わった男の人の大半は頭の中であたしを使ったことがあるくらいに思ってるから、確実にそうしてる人が1人いるってわかっても今更気にしない。その人が好みの男の人なら尚更存分にってくらいの気持ち。そうじゃなくても、あたしがホームランをないものねだりするように、誰かがあたしをないものねだりするのも実際に迷惑がかからない限りは好きにどうぞってね。頭の中だけなら、男の人にとってどこまでも都合の良い、ガワだけそのままのあたしを好きにしてくれたら良い。
……昨日は気持ちが沈んでつい変な雰囲気にあてられちゃった。今まで卯花さんと一緒にいる時にそんなふうになったことなかったのに……そんな気はない。ただ趣味で好みの男の人をからかってるだけ。そもそも、すみちゃんのお手つきの相手かもしれないんだし。
男も女も関係なく、人は簡単に他人を利用するし裏切りもする。人は自分が安全でいられるのならどこまでだってクズになれる。保身や目先の美味しいもののためならどんな卑劣なことだってする。
あたしがまさに世の中の大半の男の人にとって美味しいもの。そして世の中の大半の女の人にとって妬ましいもの。それを嫌と言うほど思い知らされて、はっきり自覚できるくらい嫌なナルシストになっちゃったんだから。そんな世の中に流されはしないけど、付き合ってはあげるために。"クズばっかりの世の中で比較的マシなクズ"でいられたらもう十分だから。
卯花さんがあたしを欲しがってるのか、頭の中で使えればそれで良いくらいに思ってるのかはわからないけど、本当に欲しいんだったら、そんなに都合良く扱えるものじゃないって理解した上で、あたしをもっと信じさせられるようなことをしてね。
……別に信じたいとかじゃない。そんなんじゃない。可愛いあたしを飾り立てる男の人として最低限のラインは超えてほしいって期待してるだけ。子供が欲しくてもあたし一人じゃどうにもならないんだし。だから別に、ひねくれたあたしどうにかするくらいの意気込みなんて期待してない。期待なんかしてない。うわべだけ取り繕ってくれたらそれで十分。
「一階です」
「どうぞ」
「あ、どうも……」
「ドアが閉まります」
「それじゃあ、また後で」
「はい……」
……だから、背中を見せずに振り返ってほしかったわけじゃない。あたしを待って付き添ってほしかったわけじゃない。そんないじらしいこと、今更考えるわけがない。
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